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エッセイ『男の子の隠れ家』

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男の隠れ家その1/山梨県河口湖・Cuisine(キュイジーヌ)R


■ □ ■ □ ■

 夜の帳が落ちた中央道を車で飛ばす。談合坂SAを抜け、大月のジャンクションを通り抜けて東富士五湖道路に接続する。途端に街路灯の数は減り、夜闇は塗炭のような黒を濃くする──夜にこの道路を通るなら、ハイビームは欠かせない。幸い九時を過ぎればがら空きになる路線なので、前方や対向車線に気兼ねすることなくハイビームを点けられる。車の少ない、緩やかなアップを描く道路は、ただ走っているだけでも楽しい。
 山間部を抜けていく内に富士吉田、河口湖の街並みが見え始め、黒一辺倒だった風景に美麗な夜景が混じり始める。富士急ハイランドの観覧車が目印だ──河口湖インターを下りて、そのまま国道139号線を河口湖方向に向かって走る。主要道路なので、途端に車通りは増える。車線も多いバイパスだし、この辺りのドライバーは平気で四車線の端から端まで横断してくるので注意が必要だ。まあ、ローカルルールのようなもので、目くじらを立てる程のことでもない。途中東恋路の交差点を右折し、河口湖大橋方面へと車を走らせる途中、目的の店がある。
 キュイジーヌR。不思議な名前の店だ。由来を聞いたことはないし、聞きたいとも思わない。ようは美味けりゃいいのだ。
 バーやらカレー屋やらが入った小型の複合型テナント、その二階にキュイジーヌRは小さな佇まいを見せている。正直、探していても見落としかねない立地。冬行くと狭い駐車場が雪で更に狭くなっている。いつでも気温の低い湖畔の街に降り立ち、テナント正面の階段を上って二階へ。
 店内に入る。
 響くのは決して耳障りにならない、穏やかなジャズの調べ。
 内装は凝りに凝っていて、席数は少ないながらカウンタ席とテーブル席を設けている。本棚には店主の趣味で集めたという沢山の本がずらり。また、そのチョイスがいいんだな。内装、BGMと合わせて、ここまでジャジーでお洒落な店構えの食べ物屋ってそうそう見ない気がする。
 キュイジーヌRは食べ物屋だ。
 そんじょそこらのファミレスなんか足下にも及ばない。都内で探せば百も簡単に見つかる、勘違いしたお洒落風レストランでも相手にならない。本物の、一流のお店だ。気取らない、入りやすくて居心地のいい、本当に本物のお店。
 料理はフレンチを基本にパスタなどイタリアンも各種。フレンチというと敷居が高いようにも思えるけど、ここは前菜五百円からすから。レバーのペーストだって五百円。しっかり濃い味ついてて、ワインのお供に最適。チーズ盛り合わせだってハーフで頼めば六百円。スーパーで売ってるようなもんじゃない、本物のチーズを食べさせてくれて六百円だぜ。
 主菜は本当に種類が様々で、一言では語りきれない。季節によっても仕入れる商品が違うらしく、メニューが微妙に変わっていることもしばしば。まあ旬の素材を使って料理を提供しようとすれば、自然そうなるのはわかります。文句を言う筋合いもない。目当ての料理がなければ何回だって通えばいいし、新しい味を試せばいいだけの話です。
 代表メニユー的な扱いのものも当然あって、たとえば『大人のハンバーグ(1400円)』はまさに大人の味わい。絶妙に甘苦いソースに溶け合うハンバーグは、少し切れ込みを入れるだけで肉汁が溢れ出す。更に、中にはフォアグラが入ってますよ。このフォアグラのペースト感と濃厚な味わいが、ほろりと解ける柔らかな肉とソースに絡んで、実に絶品。美味い肉料理っつうのはこういうもんだと、舌に懇切丁寧に教え込んでくれます。大人好きのする味だから、ちょっと年上のお姉さんか何か連れて行くと受けがいいかもしれません。間違いなく、満足してくれること間違いなし。
 鮮魚はアクアパッツァ等に料理してくれる。メニューにある素材だけじゃなくて、その日仕入れた素材が店内に掲示されているので、好みの食材を好みの味わいで注文することも可能。店主が切り盛り大変そうなので、忙しいときはちょっと無理かもしれませんが、まあその辺りはご愛敬の範囲内といったところか。魚だけじゃなく肉も野菜も、その日仕入れたものがきちんと掲示されてます。何回か通ったら頼みやすくなるんじゃないかなあ。もちろん既存のメニューだけでも満足できることは間違いない。
 明るすぎず薄暗くなく、適度な照明に映し出される美術品のような盛り合わせ。もうそれだけで、足を運んだ価値があるっていうもんです。牛トリッパのトマト煮込みなんか、ホルモン嫌いの人にこそ食べて欲しい。トリッパ、つまりはハチノスをメインに数種類のホルモンを優しいトマトの酸味と甘味、それらを引き締める絶妙な塩味のトマトソースが包み込む、とりあえず誰が相手でもお勧めしたくなる逸品。鴨肉や羊肉、鹿肉など、他ではちょっと見かけることの少ない料理もここなら気軽に楽しめます。どう高く見積もっても2000円払えば満足な一皿が必ず出てくる。特に鴨肉は冗談抜きの絶品で、これはもう是非一度行って舌でその味わいを確かめてみて欲しい。絶対に後悔はしないから。
 ジャジーな店内で、店主が手間暇かけて作った絶品料理を味わう。ゆっくりした時間が流れるとはまさにこのことで、夜遅くまでやってるのもオトナな人達にとっては嬉しいところ。地酒を始めとしたワイン、アルコール類も結構充実してます。専用のマシンを使用したエスプレッソも食後の一杯としては最適。やっぱね、ファミレスで学生達がワイワイ言ってる中で食うのもそりゃあ悪かないけど、それは食事って感じじゃない。メシですねそれは。ただのメシ。胃袋に詰め込んでるだけ。一ヶ月に一度ぐらい、ちょっとお洒落して『食事』を楽しむのもいいんじゃないだろうか。