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ナガイアツコ
ナガイアツコ
novelistID. 38691
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メビウスの穴

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「そう言えば、ねえ、あなたも覚えてる?さっきの、ほら、私が山のほうを見ていたとき。その後に何が起こったか。」

記憶の糸をたぐり寄せる必要などなかった。僕の顔は少々赤くなったに違いない。「なんとなく、覚えているよ。」

彼女は笑って言った。「あのあと、あなたは私に向かってピースサインをしてよこしたのよね。始めは、なに?ってちょっと驚いたけれど、孤独に打ちのめされてたところだったから、急に胸の中に太陽の光が差し込んだみたいで、ほっとした。実際のところ、泣いちゃいそうだったわ。この人は私の抱えてる悩みを分かってくれてるのかもって。」

僕は思い出す。あのとき、なんだかそうせずにはいられなかったのだ。儚げに佇む彼女の姿に、自分自身の心境を重ね合わせていたのかもしれない。僕の投げたくだらないサインを彼女は素直に受け取った。彼女の顔が明るくなるのをみて、僕自身もほっとすることができたのだった。

「君と結婚したのは、やっぱり運命だったのかもしれない。神様も捨てたもんじゃないね。似た者同士がくっつくように磁石でも付けてくれてるのさ。なのに僕らは何度も離れ合おうとするんだ。」

ふと、本当に妻と別れるべきなんだろうか、という気持ちが胸の奥から沸き上がってくるのを感じた。今更こんなことを言い出したら、彼女はどう思うだろうか。

しばらく視線を宙に浮かべ思いを巡らしていた妻は、小さく「あっ」と呟き、視線を元に戻して、持っていた写真を指でパチンとはじいた。

・・彼女も同じだ。僕は妻が口を開くのを静かに待った。

「思うんだけど、」彼女はにっこり微笑んだ。「私たち、メビウスの輪の表と裏をそれぞれ歩いてるんじゃないかしら。」

「メビウスの輪って、あの無限に続くってやつ?」

「そう。その輪っかにはね、一カ所だけ穴が開いているのよ。で、表側をあなたが歩いていて、裏側を私が歩いているの。すると、たまにね、穴のところでちょうど顔を突き合わせるのね。『どう?そっちはうまくやってる?』とかなんとか声をかけ合ってから、また、それぞれ歩き始めるってわけ。」

「一緒には歩けないけど、たまに励まし合うんだね。」

「そういうこと。」彼女は立ち上がり、積んであった段ボールのひとつを開け始めた。

「何か取り出すの?」

「セロテープが必要だわ。この写真、壁に貼ろうと思って。」

「再出発の記念になるね。」僕は笑う。

「どうせまた顔を合せるなら、近くにいたほうが楽よね。私も、あなたも、神様も。そうじゃない?」そう言って、彼女も笑う。

こんな感じで、僕らの無限に続く旅は再び始まることとなった。これからも僕らは一本の道を表裏一体となって歩き続ける。だけれど今度は、息がしやすく足取りも軽い。風通しの良い穴が開いていることを今の二人は知っているんだ。

写真は彼女に任せ、僕はソファに戻った。少しぬるくなった缶ビールを手にし、クッションに身を埋める。全身を包み込む不思議な安堵感。つけっ放しだったテレビの画面に目を向けると、野球の試合は延長戦にもつれ込んでいた。





作品名:メビウスの穴 作家名:ナガイアツコ