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冬野すいみ
冬野すいみ
novelistID. 21783
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紫陽花の瞳

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雨、雨、ただ降り注ぐ静かな雨。悲しく冷たく、この世界をすべて染めていく。雨は清めるのではなく、悲しみを滲ませる罪のようだと思う。人が人であるために灰色となるように。空は、ただ色を失くす。

鮮やかな紫陽花は、雨の中ただ咲き誇る。
雨こそがわが命だとでも言うように。俺は紫陽花に焦がれ、そして唾棄する。この目は鮮やかな輝きなど持たぬから。その美しさも忌まわしさも痛いほど分かるから。

紫陽花は静かな花だ。青い、紫の、赤い色も雨のために用意されたような悲しみを感じさせる。それが愛おしいのかはわからない。

しとしと、降り注ぐ雨。
世界から切り離されたような紫陽花の庭で、姉は一人座り込んでいた。




俺の姉――彼女の瞳は紫陽花だ。


正確には姉の右目の虹彩だけが紫陽花色をしている。光の加減で紫、青、藍、赤と鮮やかな万華鏡のような色を見せる幻のような瞳。もう片方の左目は俺と同じ、そして世の人々と同じ黒い硝子玉。それがどういうことか俺には分からない。

何らかの理屈をつけるために、黒になるために、姉はいろいろな病院に行き、様々な検査を受けたけれど、何一つ分かりはしなかった。分かったのは原因不明の「異常」だということだけ。

そして姉は「異端」となった。紫陽花として生まれたのだから。


俺たちの世界で人とは黒だ。黒い目、黒い髪を持つことが人を指す。それ以外は「異端」であり「人外」だ。
姉は生まれ持った瞳のせいで絶えず苦しい思いをしてきた。少なくとも俺が見ていた範囲では彼女は静かに迫害されていた。特殊な存在、「奇形」と呼ばれて。

けれど、その瞳が美しいのもまたどうしようもない事実だ。その鮮やかな幻の色に人は魅せられる。そして、怯える。美しいものや醜いものは人を怯えさせる。心の平穏を崩す存在なのだろう。

姉の紫陽花の目は、人々に迫害されると同時に、宝のように崇められたりもした。姉の目を詩のように美しい言葉で形容したり、その目を欲しがり奪おうとする者までいた。
姉はいつも「異端」として人々の心の本質を味わっていた。その醜さも、美しさも、酷さも、どうしようもない本能も。


弟である俺はただの黒い二つの目を持つ。群衆に紛れることができる暗闇の存在。そして、姉の影だろう。影は実体を持たないただの幻影。姉が存在するから俺はきっと紫陽花の影になれるのだろう。

俺は姉の紫陽花の瞳に憧れていた。その幻の瞳に魅せられた愚かな一人だった。小さい頃はまるで瞳が宝石や飴玉のように思えて、どうして取り出して食べてしまうことができないのか不思議に思った。そして、叶わない夢に涙を流す。
そして、美しい紫陽花を持つ姉を妬んだ。

また、親は姉をとても大切にしていたが、なるべく「異端」ではない普通の娘と見せようとしていた。そして普通の「黒」である俺を姉とはあまり関わらせなかった。

俺も綺麗な紫陽花を持つ姉を憎んでいたし、彼女のように迫害されるのは嫌だったので、迫害される姉を助けたりもしない、冷たい傍観者となった。

そんな愚かな人間が俺だ。

冷えた黒い目で、姉の紫陽花が悲しみに歪み、水に濡れていく様を見ていた。絵のようだなとただ魅入られた。それだけのこと。

姉にとってきっと俺は憎い弟だろう。黒い瞳を持つ普通の弟。苦しみも悲しみも知らない愚か者、そして慈悲すらない冷たい黒い石。もしかすると俺の浅ましい嫉妬や羨望にも気付いていたのかもしれない。姉は聡い。


紫陽花の影である俺は、黒い瞳で姉を見つめていた。
作品名:紫陽花の瞳 作家名:冬野すいみ