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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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 英明は思った。絶対に捕まってはならない。逃げて、逃げ切るつもりだ。地の果てまでも逃げ切ってみせる。すべてが終わりだ。今までのすべてが崩壊したのだ。築き上げた地位や名声が、そして、それらをさらに高める策略も。何もかもうまくいくはずだったのだ。
 明智物産を乗っ取り自分の帝国を築くこと。
 捕まるくらいならば、いっそのこと!
 数十メートル先で渋滞が始まっていた。このまま突っ走れない。英明は、左側に都市高速道路への入り口があるのを見つけた。急カーブで左折をし、高速道路へ入った。パトカーも後を続く。
 ベンツは、料金所に立ち止まることなく突っ走る。夜の高速道路を行くあてもなく猛スピードで走る。
 英明には、後ろから鳴り響くサイレンの音など耳に入らなくなっていた。すると、目の前に二つの分かれ道と各々を示す二つの標識が見えた。一つは、高速道路の出口だ。「この高速道路はここで終わり。一般道へ続く道」と書かれてある。もう一つは、「道路延長工事のため立ち入り禁止」と書かれ、フェンスの門が侵入を塞いでいる。
 せっかく高速道路に入ったのに、もう終わりである。クアランコクは、発展途上国の未完成な都市であることを英明は思い出した。
 そして、この高速道路は来月に道路延長のための工事入札対象となっている場所であることも思い出した。今ある高速道路は、クアランコク市内だけを結ぶものだ。いずれは、首都を中心に北へ南、東へ西へと高速道路網をスワレシア国土全体に拡張するプロジェクトがあるのだ。
 英明は、急な選択を迫られた。このまま高速道路を出れば、市街の混雑した道に戻り足止めをくわされてしまう。そうなれば間違いなく捕まってしまう。もう一つは、工事中の道なき道だ。つまりどちらも行き止まりだ。
 ベンツは、フェンスを突っ切った。フェンスは壊れ、左右に吹っ飛び門は開いた。英明は、スピードを緩めずベンツを走らせた。道は、整備がまだされてないためがたがたで車体が弾む。
 英明は、一瞬、ふわっと体が浮く感じを覚えた。地面に足がついていないような感覚だ。英明は、戦慄を体全体で感じ取った。

 ベンツは、途切れた高速道路から宙へ放たれた。十メートル以上の高さから飛び降り、地面に車体が叩きつけられた。ボンネットから火花が上がった。すぐさま、火は車体全体を包み込んだ。


 ボーンと大爆発が起こる。空高く破片と火の粉が飛び上がった。
 何もかもが、粉々に焼き砕かれた瞬間であった。

 石田英明が逃走の末、高速道路から車ごと身投げし死亡してから数週間が経った。
 世間は、スキャンダル騒ぎで盛り上がっていた。スワレシアの通産大臣と日本の大商社が、賄賂で癒着していたこと。その通産大臣が、次期大統領の座をもくろもうと、現大統領の暗殺を企てていたこと。癒着に絡む、ダム建設などの公共事業は延期された。明智物産は、スワレシアと日本の検察庁による家宅捜索がとり行われた。

 由美子は、ホテルの一室で寝そべりながら、ハワイ大学で受けた環境学の講義を思い出していた。

 人間は、なぜ尊い自然を破壊するようになったのだろうか?
 かつて、人間は皆、森の中に住んでいた。人々は、森の恵みを一身に受け、森の動物を狩り植物を取り、暮らしていた。森には、食べられる動物や植物が溢れていたのだ。
 人類は、そもそも狩猟採集で生活を維持していた。狩猟採集だけで、すべてが済んだのだった。原始時代、地球の全人口は、二千万人程度だったと推定される。それだけの少ない人口に広大な大地と膨大な動植物資源に恵まれていたため、どんなに獲っても獲り過ぎるということはあり得なかった。
 人々は、自然を神のように崇拝していた。自然が、自分達にあらゆるものを提供してくれる。森の木々や動物たちと友情さえ分かち合っていた。だが、そんな生活にも変化が起こった。地球の寒冷化と人口の増加により、それまでの狩猟採集では、生活の維持が困難になってきたのである。
 そして、今から約一万年前、農耕革命が起こった。森の資源が少なくなった上に、多くの人間の生命を維持しなければならなくなったからだ。人々は叡智を絞り生き延びる方法を考えた。土地を平らにし、そこに種を植え、食物を育てる畑を作った。そのためには、森を切り開かなければならなくなった。森の木々は、邪魔者でしかならなくなった。生活形態も大きく変化した。これまで数十人ほどの部族単位で行動していた人々も、数百人以上に及ぶ集落を作り、農耕を行うことになったのである。狩猟採集生活では、部族は各地を点々と移動して行動を共にしていたが、農耕生活になると一つの集落が同じ土地の定住を余儀なくされた。一つ一つの集落に農耕の指揮を取るシャーマンと呼ばれるリーダーが出現する。生活には、数々の規則が設けられる。狩猟採集生活と違い、労働時間は格段に増えた。そのうえ、たくさんの労働力を必要とするため、大勢の人間を規則正しく使っていかなければならなくなったからだ。
 種を植え、田畑を刈ることばかりに精神を使い、快楽は悪とされ、勤勉な労働が美徳とされるようになった。自らの植えた種が実ることが、最大の幸福であり、限られた量の収穫物は、一人一人に分け与えられるため個人個人の取り分としての所有という概念が生まれた。狩猟採集の時代には、人々には、ものを所有するという概念が存在しなかったが、農耕革命から所有が始まったのである。もう一つ農耕革命は、新しい概念を作った。それは、人間が自然に対し常に挑戦し、優越した力を持ち、制していくことを生きる糧とする概念である。
 数百の集落は、拡大してゆき、数千、そして、数万という規模になり、いつしか一つの国家というものが築き上げられた。国家の中で、人民を統括する者は、王となり君臨した。人々は、その王のもとに仕え、暮らしていくこととなる。封建社会の始まりである。農耕社会から生まれた封建制度は、人間の間の身分の違いを生み、ある者は力を持ち他の者を支配し、ある者は、奴隷となり支配される立場となった。
 そんな封建社会が長きに渡り続いた後、十八世紀後半、ヨーロッパで産業革命が起こった。それは、これまでの封建制度によって低い身分におかれた庶民、特に商人を中心とした人々が力を持ち起こしたものだ。これまでの農耕生活と違い、食料だけでなく、それ以外の様々な品々を作るようになり、人々の生活は飛躍的に豊かになっていった。
 人間の知恵を結集して、次から次へと新しいものが生まれた。遠く離れたところでも自由に行き来できる蒸気機関車や、少ない人員で多くの繊維などの製品を作り出せる機械化された工場、自然を超越した神のなせる業を人間は手に入れた。人間の価値観は、物の豊かさへと移った。商人達は、効率よくたくさん売れるものを作ろうとする概念を持つようになった。資本主義の始まりである。多くの物を持つこと、また、それらの物の交換手段となる金も多く持つことが美徳とされた。多くの物や金を持てることは、権威を持つことにもなるのだ。人々は、競って金と権力を求めるようになった。
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし