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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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 由美子は、おそるおそるドアを少しずつ開けた。中から二人の男達の会話が小さい響きだが漏れて聞こえてくる。何を言っているのかはっきり分からないが二人とも英語を使って話し合っているのは確かだ。二人は、玄関ドアから離れた別室にいるようだ。由美子は、足を忍ばせ、そっとスイートルームに音を立てずに入っていった。
 ふと目の前にある机の上に何気なく置かれているものに目が留まった。それは、手で持てるサイズのICレコーダーだった。英明のようなビジネスマンが、秘書に用事を伝えるために録音するものだ。
 由美子は、それをとっさに手に取り、録音のスイッチを入れた。ゆっくりと音を立てないようにライ通産大臣と英明のいる部屋のドアに近づいた。そして、ゆっくりと音を立てないようにノブを回し、わずかに開けた。ICレコーダーをその隙間に差し込んだ。


「今回は、こちらの急な頼みを呑んでいただきましてありがとうございます。まあ、とりあえずは延期ということになりましたが、来月の末までには建設を再開いたします。しかし、あなたが予定を早めて工事をする許可をくれたおかげで愚かな環境保護の連中を圧巻させることが出来ましたよ」
「いえ、いえ、いつものことですよ。そちらからは、それ相応の報酬を受け取っているのですから、私としては当然の行為と言うものでしょう」
 英明とライ大臣は、テーブルで向かい合って座っている。英明の席の前には、アタッシュケースが置かれていた。
「ところで、これが今回の報酬です。この中には、来月行われる高速道路拡張工事の入札における、明智物産の落札手続きの分も含まれております」
 英明は、得意気に言い、アタッシュケースを開けた。その中には、何本もの札束が敷き詰められていた。
「さっそく目を付けられましたな」
 ライは、にったりと薄笑いを浮かべ言った。
「ええ、まともなやり方で競って、最初の高速道路建設をアメリカの業者にやられましたからね。やはりあなたに頼むべきでした。今回のダムといい、あの世界一の超高層ビルといい、通産大臣のあなたに頼めば何だってうまくいく。こんなにしていただいて感謝したくてもしきれないくらいですよ」
「私は、資金が欲しいだけです。何としてでも、私が、来月に行われる選挙で勝ち、次期大統領の椅子に座るのです。あの男は、ずうずうしくも、またあと五年も大統領の座に居座りたいのです。さんざんいままで私を使っておきながら。私だって、あの男と同じように大統領の座を目指していました。それをあの男、でしゃばりおって、自分に任せればこの国は治まるんだと。私は、閣僚の座で満足すべきだと言いくるめ続けて、あの男とは若い頃からの付き合いでしたが、昔はこの国を変える共通の意志を持った同志だと捲し立てておきながら、死ぬまで自分がトップの座にいたいと考えているんだ」
 ライの顔は、みるみると紅潮していた。英明は、紅潮したライの顔をじっと眺め言った。
「資金というのは、選挙支援のためと、私に紹介してくれたあの組織の連中に支払うやつですよね。選挙の勝利を確実にするために」
 英明は知っていた。マラティールの人気は、絶大だ。政治手腕は見事なもので、この国を発展へと導いたのは、マラティールの力があってのことだったのは誰もが認めることだ。国民から絶対的な人気を勝ち取っている。マラティールが続投する限り、まともな対抗馬などあり得ない。となると、ライ・グーシングが大統領の座を手にするには、ライバルのいない選挙に出馬するしか手はない。マラティールが出馬しないのであれば、大統領の右腕として長年通産大臣を務めてきた彼しか後継は務められないと国民の多くは思うだろう。
 ある組織、この国の影の世界を支配する組織が力になる。彼らにライバルを消すことを頼むのである。英明もその組織に頼みごとをした。結果は期待通りにはならなかったが。
「あんたには、関係ないことだ」
 ライは、「図星だ」といわんとする口調でそう応えた。英明は、思った。こんな背が低く、不細工な老いぼれ男が、一国の大統領になるだと、実に滑稽だ。だが、なってくれるとありがたい。そうなると今まで以上に、大規模プロジェクトの落札が自由になる。
「大統領に昇格された暁には、私どもで盛大の祝杯を挙げさせていただきますよ。多分、その時には、私の結婚祝いと明智物産社長就任祝いも合わせてのことになりますけどね」
 英明は、満悦の笑みを浮かべ言った。通産大臣は、領収書にサインをしているところだ。これは、お決まりの手続きだ。賄賂を受け取ったという証拠を相手に作らせるのだ。それにより、相手が決して自分を裏切ったりできないようにするためだ。
 ライは、英明に署名入りの領収書をさっと手渡した。
「ミスター・イシダ、これで取り引き成立です」
「今夜、パーティー会場でまたお会いしましょう、ミスター・ライ」
 ライと英明は、椅子から立ち上がった。部屋から出ようとする。
 由美子は、急いでリビング・ソファの影に身を縮め隠れた。

こっそりと隙間から様子を伺う。
 まず、ライが部屋から出て来た。そして、英明が出てきた。ライは、そのまま歩き玄関ドアまで行きドアを開け黙って出ていった。
 英明は、壁にとり付けてあった金庫の前で立ち止まった。暗唱番号を押し、金庫を開ける。ライから受け取った領収書を中に入れると金庫を閉じた。
 由美子は、立ち上がろうとした。英明と対決するのだ。手に持っている収賄場面を録音したこのICレコーダが武器だ。
 プルルル、プルルル、と電話の発信音が鳴った。英明は、受話器を取る。
「ハロー、ああ、君か」
 英明は、しばらく相手の話しに聞き入っている。
「ほう、なるほど。やはり、あんたたちに大統領暗殺を頼んだか。それも、今夜のパーティーで実行するとは大胆だな。もっとも私には関係ないが、前に頼んだ安藤という男の件のように失敗するんじゃないぞ。確実に仕留めることを祈るよ」
 英明は、受話器を電話に置いた。さっと自分の腕時計を見る。何か用事を思い出した様子でスイートルームを出ていく。
 由美子は、部屋に一人っきりになった。立ち上がり、気を静めた。自分は、今まで知らなかった恐ろしいことを知ってしまった。あの英明が、人殺しにまで手を染めていたとは。冷血漢であることは分かっていたが、そこまでするとは思わなかった。恋人の健次に狙いをつけていたことには、唖然としていた。
 そして、賄賂だ。これには父、清太郎も関わっていたのだろうか。父が命令を送り英明にさせていたのでは。父も強欲な実業家だ。賄賂ぐらいのことはしても不思議ではない。
 父は、かわいそうな人だ。それがはっきりした。もっとも信頼していた部下に裏切られ、自分の築き上げた会社さえも奪われようとしている。自分の娘は、そのために利用されているのだ。
 英明は、父の死後、社長に就任するつもりなのだ。結婚の暁に株式の贈与も約束されているはずだ。ダム建設は、もちろんのこと再開する。もしかして、会社を完全に乗っ取るため、自分の相続財産を配偶者として受け継ぐため、自分を殺すかも。由美子は、背筋のひやっとする恐怖を感じた。
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし