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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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「英明さん、やめて。すぐにこの工事を中止させて!」
と一人の若い女性が現われ言った。そばにタクシーが止まっており、そこから降り立ったところだった。リムジンに乗り込みその場を去ろうとする英明に話しかけたのだ。
「由美子!」

 真理子が、驚いて叫んだ。だが、由美子は、真理子の姿など目もくれず、英明に話しかけた。
「由美子さん、これは、これは。あなたも明智物産の一員として開発の現場をきちんと見届けに来たのですね」
 薄気味悪い微笑みを浮かべながら、英明は由美子を見つめ言った。
「開発なんかさせないわ。社長の娘の私が命令するわ。直ちにこの工事をストップさせて」
 由美子は、怒鳴り声で言った。
 バターン、とまた大木が切り倒され地面に叩きつけられる音が響いた。由美子は、まじまじとその光景を眺めた。目から涙が溢れ出そうだ。
「お父様が、そうなさるよう、あなたに伝えたのですか?」
 石田にそうきかれ由美子は黙っていた。
「ほほう、娘であっても、あなたには何の権限もないことを分かっらっしゃるようですね」
 英明は、あざ笑い、リムジンに乗り込もうとする。
「待って、前に言った条件なら、この場で工事を止められるの?」
と自分でも思わぬことを由美子は、言ってしまった。
 英明は、サングラスを外し、まじまじと由美子の方を見つめる。
「条件を飲むのであれば、話しは実に早い。でも、あとで気が変わったは、なしですよ。いつだって工事は再開できるのですからね」
 英明は、現場監督をするスワレシア人に近付き、話しかけた。
 それから数分後、当たりは静まり返った。鋸の音もしない。ブルドーザーもクレーン車もトラックもその場で休停止した。
 由美子は、英明とリムジンに乗り込んだ。リムジンは、エンジンを点火させると、クアランコクに向け発車した。
 真理子は、親友に話しかけることもできず、呆然と由美子と英明がやり取りをするのを眺めていた。二人の間に何だかの取り決めが交わされ、そのことが事態を治めたらしいが、真理子には、それが何であるのか皆目、見当がつかなかった。


 クアランコク・パレス。ホテルの最上階スイートルーム、英明の滞在している部屋に由美子は、英明と二人っきりでいた。由実子は、実に不愉快な気分であった。だが、これも、いかしかたない成り行きであることは十分承知していた。
 英明は、言った。
「私たちが、結婚するとなれば、お父様がまずお喜びになるでしょう」
「今、父は生死をさまよう重病なのよ。娘の結婚を祝福する元気なんてないわ」
 由美子は、苦々しい口調で言った。英明に伝えたくないことを言ったのだ。
「そのことは知っていますよ」
 由美子は驚いた。このことは健次や家族と一部の病院関係者しか知らないことのはずだったのだ。どこから漏れたのだろうかと考える前に、
「じゃあ、すぐにでも見舞いに行ったら。あなたにとっては、とても大切な人なんでしょう。明智物産の社長で、わたしの父親よ」
「ええ、行こうと思ってますよ。私たちの結婚が成立したあとに二人で。その方がいいでしょう。きっとお父様も元気を出します」
 由美子は言い返す言葉がなかった。 
「さあ、さっそくですが。結婚するという証が欲しいですね」
「何が欲しいの?」
と由美子が言った瞬間、英明が由美子の肩を抱き寄せた。お互いの顔を接近させる。キスをするつもりだと由美子は思った。
「やめて!」
と言ったとたん、英明は、由美子の肩をさっと突き放した。
「キスなんて、珍気なもの要りませんよ」
そう言いながら、薄笑いを浮かべる。そして、立っているそばの机の引き出しから一枚の薄い紙切れを取り出した。
「これですよ。これに署名をしてください。これで私たちは、正式な夫婦です」
と出されたのは、日本から持ってきた婚姻届の書面だ。すでに「石田英明」の署名はされ、印鑑も押されている。
 由美子は思った。自分は、何とも愚かしいことをしている。英明は、この時のためすべての準備を整えていたのだ。英明が、ただ自分を利用しようとしていることは分かっている。結婚をさせ、獲得した夫の地位を利用して明智物産を乗っ取ろうとしているのだ。従うだけ損だ。だが、このままでは、あの森は破壊されなくなってしまう。地球から美しい森がまた一つ消され、森の先住民ペタン達は住む場所を奪われる。
「分かったわ。署名をするわ」
 英明は、さっとペンを差し出した。由美子は、殴り書きで署名をした。自分がいかに愚かなことをしているかというのは、はなはだ分かっていた。だが、これは今、現在においての非常手段なのだ。
 英明は、すぐさま婚姻届を取ると、背広のポケットから印鑑を取り出した。「明智由美子」と彫られた印鑑だ。それをさっと婚姻届の由美子の署名の横に押した。
「どこでそんな印鑑を作ったの」
と由美子は、驚いてきいた。
「夫が妻の印鑑を持っいてはいけませんか」
 澄ました顔で英明は答える。そして、英明は、婚姻届を壁にとり付けてある金庫へと持っていった。プッシュボタンのついた金庫の暗唱番号をとんとんと押す。由美子は、その様子を観察した。
「さあ、これからどうしますかな。さっそくハネムーンにでも向かいますか。この辺はまさにハネムーンにはもってこいのところですよね。南国のパラダイスと呼ばれるところでリゾートもたくさんあります。実にいいところに仕事に来たものですよ。そう思いませんか?」
「あなたの下らない会話には付き合ってられないわ。お父さんが心配だから日本にさっそく帰らしてもらうわ」
「日本に帰るのは、明日にして下さい。私たちは今夜、大事なパーティーに招待されているのですよ。明智物産の代表者が出席しないと、これからのビジネスに響きます。お父さまのためにも・・・」
 英明の話しなど聞かないふりをして由美子は、スイートルームの玄関ドアに向かった。廊下へ出ようとした。はっと、ある人物と顔を合わせてしまった。それは、背の低いスワレシア人の老人だった。どこかで見たようなことのある顔だった。男は、由美子に挨拶などすることもなく知らん顔で、さっさとスイートルームに入った。由美子は、さっと廊下へ出た。
 由美子は、男が誰であるのか、とっさに思い出した。通産大臣のライ・グーシングだ。大統領のマラティールと会ったときに初めて見たのを思い出した。
 ふと、思った。なぜ、こんなところに。なぜわざわざ英明の泊まるホテルの一室を訪ねてきたりしたのか。なにも会うのなら、オフィスでいいのではないか。相手は大臣だ。そんな大物が、英明に会うのに、わざわざホテルの一室を訪ねるてくるのであろうか。それにあの大臣が、一人で来たようだし、普段なら、警備の者が付き添って来るはずだが。実に妙だと思った。
 由美子は、スイートルームの玄関ドアが、完全に閉まっていないのに気付いた。あの大臣、自分を見て慌てていた様子だった。それで、ドアをきちんと閉められなかったのでは。きっと誰にもここに来ることを知られたくなかったのだ。と由美子に思索がよぎった。
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし