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妖婦と呼ばれた女~哀しき恋歌~(後編)

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 嘉宣―いや、今は僧形となった宣照は静かに庭に降りた。沓脱石に置いた草履を履き、ゆっくりと庭を歩く。出家してから後、宣照の行動の自由は大幅に認められた。寺の外へ出ることは叶わなかったが、山内ならば自由に出歩くこともできた。
 最早、監禁状態ではない。
 それでも、宣照は必要以上に外部と拘わろうとはしなかった。彼にとっては、起居するこの小さな一室とそれに面した庭だけが世界のすべてなのだ。
 彼の毎日は実に穏やかに緩やかに流れてゆく。毎日が写経と読経三昧で、たまにこうして庭に出てそぞろ歩くのが何よりの愉しみであった。
 宣照の歩みがふと止まった。
 空を振り仰ぐと、赤や黄に染まった色とりどりの葉が重なって何とも色鮮やかな自然の天蓋を形作っている。
 風の音、池の鯉の跳ねる音、鳥の啼き声、踏みしめる落ち葉の乾いた呟き。
 音は絶え間なくあったが、庭の中には心に滲み入る静けさがあった。
 橘乃が側からいなくなって、はや幾つの季節が巡ったのか。橘乃がいなくなっても、季節はうつろい、樹々はこうして色づき、花は開く。
 今年、宣照は三十を迎えた。
「前日も昨日も今日も見つれども 明日さえ見まく欲しき君かも」
 宣照が恋の歌をなぞる。ずっと昔、最愛の女に贈った恋の歌。
 彼の声はしばらく宙を漂っているようであったが、やがて儚く散っていった。

 木檜藩史上、橘乃こと橘の御方は、稀代の妖婦として記録が残されている。しかし、木檜嘉宣と橘乃の恋は、見方を変えることもできる。国を傾けた傾国の美女、妖婦と皆から疎まれ、蔑まれた少女の生きざまと愛する女を周囲の誹謗から守ろうとした男―、歴史を掘り下げてゆけば、恋に真摯に生きようとした二人の姿が自ずと浮かんでくるのではないだろうか。
 ちなみに、嘉宣は五十七歳でこの世を去るまで、僧宣照として生き、英泉寺の一室で静かに息を引き取った。
 その間、日本には諸外国から異国船があいついで襲来し、日本は列強国を相手に不平等な条約を締結せざるを得ない。徳川家康が江戸に幕府を開いて以来、実に二百六十年余りに渡って続いてきた鎖国の世も終わろうとしていた。
 木檜嘉宣は、その日本の激動期を生きた人であったが、彼自身は、そのような憂き世の争乱とは無縁の場所でひたすらひっそりと過ごした。まさに花影の花のような生涯を過ごした人だった。
 嘉宣の死後、数年を経ずして、日本は明治維新を迎える。
                              (完)