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『喧嘩百景』第7話成瀬薫VS銀狐

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 二人の運動神経と立ち位置から言って、次に攻撃されたら逃げることはできない。
 薫は自分からふらふらと壁に背を付いた。
 「龍騎兵はあいつには手を出さない。それ以上何が望みだ―」
 言い終わらないうちに一人が薫の腹に膝をめり込ませた。前のめりになる彼の喉元を腕で押さえ付ける。
 「あんたは何でそうなんだ」
 薫は押さえ付けられるままに上向いた。
 薄茶色の瞳が彼を見下ろす。
「縋ろうとする人間に届かないような手の出し方なら止めろよ」
 ずきりと胸が痛んだ。
 頸を締め付けられて息が詰まる。
 ――俺に何を――――。
 相手の苛立ちが喉元に伝わる。震える腕が抑えきれない感情を伝える。縋ろうとする人間に届かない、手――――。
 ――あいつは俺の助けなんか必要としていない。俺には誰かのために差し出してやれる手なんかない。俺では何もしてやれないのに。俺では誰も守れないのに。それなのに俺はまだ――――。
 「浩己、何やってる」
 薫にも聞き覚えのある声が、彼が自己の思考の呪縛に捕らわれるのを寸前で引き戻した。
 「日栄さん」
 浩己と呼ばれた方は薫を睨み付けて口惜(くちお)しそうに手を離した。
 薫は解放されて大きく息を吐(つ)いた。
 「やめとけ、相手にするだけ時間の無駄だ」
 ――一賀。
 「日栄さん」
 一賀の抑揚のない声、それに対する銀狐の抗議する声――諦めと諦めきれない思い。薫は一賀の聞き慣れた物言いにほっとした。浩己と裕紀の言葉は彼の身体には痛すぎた。
 「お前たち、御節介すぎるんだよ」
 一賀の冷たい瞳がかえって心地いい。
 彼は強い。その強さは薫を安心させる。
 「俺たちはこういう奴を近くで見ていたくないだけなんですよ」
 浩己ではない方――裕紀が薫に視線を投げる。
 感情のある瞳が胸を刺す。
 一賀を守ろうとする二人は彼を不安にさせる。
 胸が痛む。
 「――一発ずつにしとけ」
 一賀はくるりと踵(きびす)を返した。
 二人は舌打ちして拳を握った。
 思いを込めるように目を閉じる。
 薫も目を閉じて大人しくそれを待った。
 「あんたはっ!!」
 二人の拳は全く同時に薫の背後の壁に叩き付けられた。
 吹き付けの表面が剥がれ落ちる。
 振動が薫の身体にも伝わった。
 心臓が痛む。