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『喧嘩百景』第7話成瀬薫VS銀狐

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「目障りなんだよ、あんた」
 二人は持っていた学生鞄をぽとりと落とした。
 薫はシートを押して単車から飛び降りた。
 ――速いっ。
 薫の着地を狙って二人の蹴りが足元と頭を同時に払う。
 彼らの動きは薫の予想以上に俊敏だった。かわすのが精一杯で、手をついて地面に転がる。
 二人はくるりと身体を回して続けざまに踵を落とした。
 「何もしないなら近付くな」
「鬱陶しい」
 薫はそのまま地面を転がって二人から逃れた。
 ――何もしないなら近付くななんて、やっぱり何かしろってことじゃないか。俺に何を期待している?
 「あいつに助けが必要かよ」
 薫は飛び起きて二人から離れた。
 「龍騎兵の成瀬薫、あんたなら止められるはずだろ」
 一中のロシア人の双子――確か名前は相原裕紀(あいはらひろのり)と相原浩己(ひろき)。どっちがどっちなのかは薫には判らなかったが、一人が彼に殴り掛かった。
 ――何故そんなことが言える。
 薫はその拳を避けて後ろへ逃げた。
 薫が一賀に直接関わったのは、彼が一高龍騎兵に入ってからだ。それまで噂には聞いていた日栄一賀は、中学一年当時から高校生を相手にもめ事を起こしていて、薫が初めて会ったときにはすでに「最強」と呼ばれていた。
 彼は先輩から言付(いいつ)かって一賀が龍騎兵と争うことのないよう見張ってきたのだ。龍騎兵はこの近在では最大最強のチームだ。数を頼めばいかに一賀と言えどもただでは済むまい。先輩から、一賀に対する不干渉の約束を取り付けてやることが、彼にできる精一杯のことだったのだ。一賀が中学生の間は、龍騎兵は手を出さない――。それだけでも彼への負担は軽くなっているはずだった。
 一賀とも何度も話をした。些細なことで争って、余計な恨みを買うことはないだろうと。
 しかし、彼は薫の言葉などまともに聞こうともしなかったのだ。
 「あいつが他人(ひと)の言うことなんか聞くかよ」
 双子の攻撃はぴったりと息が合って、効率的だった。一方が攻撃するときには、もう一方が必ず薫の逃げるスペースを潰すように回り込む。逃げるが勝ちが信条の薫でも逃げ場を限られたのでは受けるか反撃するかしかなく、たちまち追い詰められてしまった。
 「二対一なんだ、遠慮すんなよ」
 ろくに抵抗しない薫の退路にはもう壁が迫っていた。