19のあの頃
「純君、妊娠したみたい・・・」
僕は耳を疑った。大学の構内の食堂だった。
二人きりでテーブルを挟み、美術史の講義が終わったばかりだった。
思わず飲んでいたコーヒーを落としそうになった。
さえは下を向いていた。
色白のさえのブラウスの中の乳房のふくらみを思い出した。
あの日の夜、あの出来事が脳裏に浮かんだ。
僕らは二年生になると半同棲状態になった。
6畳のアパートはキッチンとベッドと小さなテーブルしかない部屋だった。
僕とさえは、そこで何回もエッチをしたのだが
その夜はつけなかった。さえは嫌がったが僕はそのまましてしまった・・・。
5月の風が開け放した食堂の窓から吹いてくるのだが
さわやかさとは反対に、僕は一気にどうしようという想いになった。
いつもは明るいさえも、今日は暗い顔をしていた。
「赤ちゃん、いるの? おなかの中に?」
精一杯の確認だった。
「いるよ。もうすぐ3ヶ月だって・・・」
何かを言おうとすれば「堕ろす」という言葉が浮かんでくる。
卑怯な奴と思われたくなかったし、かといって「産めよ」なんて言い出せないし考えもなかった。
どんな言葉を期待してるのだろうか・・・
「さえ・・どうしたい?」
僕は答えを相手に言わせる卑怯な男だった。
さえの方から言ってもらえると少しは罪悪感が薄れそうだった。
「堕ろすしかないんじゃないの・・・」
ぶっきらぼうに言うさえは、今にも泣き出しそうだった。
言ってもらえた安堵感で表情が変わった僕を見逃さなかった、さえは
「産んでほしいと言って」と続けて言い出した。
「そんな・・無理だよ・・」
「私、学校辞めて産もうかな」意地悪のようにさえは冷たい言葉で言い出した。
どうにもならない状況だということは二人ともわかっていた。
親元を離れ、一人前にわかった口をきいて、何かあれば
「もう、大人なんだからかまわないでくれよ」が親に対する口癖だった。
そんな大人みたいな一人前の口をきいたところで、所詮学生、19歳の子供だった。
「親はなんて言うかなぁ~」頼りない僕の言葉。
「堕ろせって言うに決まってるじゃない」
僕だってわかっていた。成人前の出産、未成年の母親、何より結婚する前に子供が出来るのは
昭和の時代には恥ずかしいことだった。