かんざらし
小野岳史が、佐藤健介と長崎で再会したのは一年後の夏だった。
岳史は年に一度の長期休暇を利用して、今年も長崎県の島原に帰省していた。ちょうど
夏の高校野球が開幕を迎えた時期とあって、窓越しに地元強豪校の「祝出場」の横断幕が
目に付く。一両編成の黄色い島原鉄道は有明海に沿うように島原駅へと走っていった。
「久しぶり!」
「おーおー!ごぶさた!」
島原駅のベンチに座る岳史が新聞紙で顔を扇いでいると、制服姿の健介が駅の事務所か
ら急ぐように出てきた。
「休憩時間、大丈夫なの?」
「全然大丈夫。昼休みは割と余裕あるから。さ、昼飯、昼飯。評判の具雑煮、案内したる!」
島原鉄道の運転士である健介は、初めて言葉を交わした去年と同じように、相も変わら
ずの屈託のない笑顔で岳史を出迎えた。
都内に住んでいた岳史の母親が、故郷の島原へ戻ったのは三年前のことだった。離婚し
た母親のUターンを機に、毎年夏になると島原へ帰省するのは岳史の年中行事のひとつと
なっている。
両親は高校を卒業する頃に離婚をした。しばらくして母親は、父親より10歳年上の男性
と再婚をし郊外に住まいを移すと、長く勤めていた生命保険会社を退職した。
岳史が三十路を迎える前に、長らくの闘病生活を強いられていた島原の祖父が他界する
と、母親は再婚相手の男性と島原へ移住する決意をした。当時の母親といえば、都内暮ら
しを名残惜しむように島原へのUターンを決めたが、今ではそれなりに田舎暮らしを謳歌
しており、その姿を見ると岳史もどこか安心していた。
岳史の「故郷」といえばもちろん東京になる。生まれも育ちも東京の岳史にとって、島
原はあくまでも祖父母の住む田舎であったが、ここ数年は母親に一年の近況を報告するよ
うに盆休みは帰省するようになった。
岳史が島原鉄道に勤める健介と初めて出会ったのは、母親が島原へ戻った翌年の夏だっ
た。
うだるような暑さに包囲され、ふらふらになりながら何とか長崎空港から島原鉄道へと
乗り継ぐと、始発駅の諫早駅ホームに健介はいた。岳史と同じように折り返しの車両を待
つ制服姿の健介に、発車時刻を訊いたのが二人の最初の会話だった。
「はいはい。もう5分もすれば来ますよー!」
恰幅の良い体型に加えて、健介の快活な人柄は猛暑に追い打ちをかけるような暑苦しさ
はあったものの、反面、どこか愛嬌のある人懐っこさを含んでいた。
お礼の挨拶もそこそこにして車内の座席に腰掛けると、移動の疲れがピークに達した岳
史は、いつのまにか泥のように眠ってしまった。冷房の効いた車内で健介にたたき起こさ
れた頃には、島原鉄道は終着駅の島原外港駅にいた。
「あれあれ?お客さん、さっきの方!?起きて起きて!ここ終点ですよ!」
電車の心地よい揺れに、口を大開きにしたまますっかり熟睡していた岳史は、4つ先の
終点まで乗り過ごしてしまったという焦りよりも先に、寝起きにはいささか堪える、声の
大きい健介に圧倒された。
「あれ、島原駅は……」
「はははは!乗り過ごしちゃいましたか!」
間髪入れずに健介が言葉を挟むと、ようやく現状を理解した岳史は、健介に礼をして反
対側のホームへと向かった。
岳史は年に一度の長期休暇を利用して、今年も長崎県の島原に帰省していた。ちょうど
夏の高校野球が開幕を迎えた時期とあって、窓越しに地元強豪校の「祝出場」の横断幕が
目に付く。一両編成の黄色い島原鉄道は有明海に沿うように島原駅へと走っていった。
「久しぶり!」
「おーおー!ごぶさた!」
島原駅のベンチに座る岳史が新聞紙で顔を扇いでいると、制服姿の健介が駅の事務所か
ら急ぐように出てきた。
「休憩時間、大丈夫なの?」
「全然大丈夫。昼休みは割と余裕あるから。さ、昼飯、昼飯。評判の具雑煮、案内したる!」
島原鉄道の運転士である健介は、初めて言葉を交わした去年と同じように、相も変わら
ずの屈託のない笑顔で岳史を出迎えた。
都内に住んでいた岳史の母親が、故郷の島原へ戻ったのは三年前のことだった。離婚し
た母親のUターンを機に、毎年夏になると島原へ帰省するのは岳史の年中行事のひとつと
なっている。
両親は高校を卒業する頃に離婚をした。しばらくして母親は、父親より10歳年上の男性
と再婚をし郊外に住まいを移すと、長く勤めていた生命保険会社を退職した。
岳史が三十路を迎える前に、長らくの闘病生活を強いられていた島原の祖父が他界する
と、母親は再婚相手の男性と島原へ移住する決意をした。当時の母親といえば、都内暮ら
しを名残惜しむように島原へのUターンを決めたが、今ではそれなりに田舎暮らしを謳歌
しており、その姿を見ると岳史もどこか安心していた。
岳史の「故郷」といえばもちろん東京になる。生まれも育ちも東京の岳史にとって、島
原はあくまでも祖父母の住む田舎であったが、ここ数年は母親に一年の近況を報告するよ
うに盆休みは帰省するようになった。
岳史が島原鉄道に勤める健介と初めて出会ったのは、母親が島原へ戻った翌年の夏だっ
た。
うだるような暑さに包囲され、ふらふらになりながら何とか長崎空港から島原鉄道へと
乗り継ぐと、始発駅の諫早駅ホームに健介はいた。岳史と同じように折り返しの車両を待
つ制服姿の健介に、発車時刻を訊いたのが二人の最初の会話だった。
「はいはい。もう5分もすれば来ますよー!」
恰幅の良い体型に加えて、健介の快活な人柄は猛暑に追い打ちをかけるような暑苦しさ
はあったものの、反面、どこか愛嬌のある人懐っこさを含んでいた。
お礼の挨拶もそこそこにして車内の座席に腰掛けると、移動の疲れがピークに達した岳
史は、いつのまにか泥のように眠ってしまった。冷房の効いた車内で健介にたたき起こさ
れた頃には、島原鉄道は終着駅の島原外港駅にいた。
「あれあれ?お客さん、さっきの方!?起きて起きて!ここ終点ですよ!」
電車の心地よい揺れに、口を大開きにしたまますっかり熟睡していた岳史は、4つ先の
終点まで乗り過ごしてしまったという焦りよりも先に、寝起きにはいささか堪える、声の
大きい健介に圧倒された。
「あれ、島原駅は……」
「はははは!乗り過ごしちゃいましたか!」
間髪入れずに健介が言葉を挟むと、ようやく現状を理解した岳史は、健介に礼をして反
対側のホームへと向かった。