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敬四郎、参る!!~花吹雪に散る恋~・其の一

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 敬資郎はまつの草履を手にすると、自分の懐から手ぬぐいを出し、それを引き裂いた布で器用に鼻緒をすげてやった。
「さあ、これでしばらくは大丈夫、急場くらいなら凌げますよ」
「ご親切に、どうもありがとうごさいます」
 まつは几帳面な質らしく、生真面目に礼を述べる。
「これしきのこと、たいしたことではこざらん」
 むしろ、再びこの娘との縁ができたのだ。まつには悪いが、鼻緒が切れたことは敬資郎にとっては、かえって幸いといえた。
「あなたにさまは助けて頂いてばかり」
 そう言ってはにかんだような笑顔が実に初々しい。敬資郎はまつの笑顔を眩しい想いで眺めた。
「私は稲葉敬資郎と申します」
 いきなり名乗るのもどうかと思ったが、まつにいつまでも〝あなたさま〟と他人行儀に呼ばれるのも哀しい。
「このような時刻に一人では、また良からぬ連中に絡まれてしまいますよ」
 敬資郎が指摘すると、まつは小さく頷いた。
「幼いときから、辛いことがあると、よくここに来るんです。いつここに来ても、この川は変わりなく流れているでしょう? 当たり前のことなのかもしれないけど、何だか、ホッとして」
「そなたの住まいは、確かこの近くだと聞いたが―」
 控えめに言うと、まつは小さく首を振った。
「家はここからは結構離れています。歩いて四半刻くらい。でも、今日は深川に用事があって、今はその帰り道なんです」
「深川! それは奇遇だな。実は、私も今夜は深川の料亭に上がっていたのだ」
 その料亭の名を告げた途端、まつが黒い瞳を大きく見開いた。
「まあ、本当に不思議なご縁ですわね。私もその〝ならしの〟に行ってきた帰りなのですよ」
 そこで、まつは養母(はは)の妹がその〝ならしの〟に嫁いで女将をしているのだと話した。今夜は、養母の遣いで深川の妹の許まで届け物をしたのだという。
 敬資郎は慎重に言葉を選びながら言った。
「このようなことを言うのは申し辛いが、そなたは半年前、初めて逢ったときには、この先の町人町は若松屋の娘だと名乗った」
「―」
「あれから、私は一度、若松屋を訪ねたのだ。しかし、何度訊ねても、まつという息女はおらぬと番頭に言われた」
 まつが一瞬、うつむき、すぐに顔を上げた。