古びた手袋を身に付けて
現場に向かう途中、駅前の商店街を抜けると、園児たちから思わぬ応援をもらった。思えばこの商店街は、元はヒーローズカンパニーの支配下であった。「警備費」名目でみかじめ料を要求していたアイツらに、ここの皆さんはどれだけ苦しんでいた事か……。俺は、「必ず守ってやるんだ」と、心の中で叫んだ。
現場に到着すると、すでに双子怪人ポップコーン一号二号さんと数名の専属戦闘員が待機していた。
「おう上田、遅かったのぉ。敵はおなご三人だけや。しかもルーキー。お前らは手ぇ出さんで……ってなんや、今日はリーダーちゃうんか?」
「久しいやないか、もろこし兄弟。今日は新人研修も兼ねとんねん、なるべくそちらさんだけで解決しつくれたら、こっちとしては楽できるんで助かるんやけどな。せいぜいがんばってや」
ポップコーンの二号さんが、ケタケタと笑いながら上田リーダーと話し始めた。一号さんも遠めで二人の会話を聞きながら、暇を持て余している様子だ。他の戦闘員達も敵を軽く見ているようで、だらけていて統率が取れていなかった。
『明らかに敵を軽く見ている』
そう思った瞬間、振り向くと三人組の彼女達と目が合う。どこか余裕も感じさせる笑顔を浮かべたまま、ポップコーンさん達ではなく、なぜか俺を見ていた。
「……おい、もろこし兄弟。手ぇ抜く暇などないかも知れんぞ」
いち早く上田リーダーは強烈な「殺気」を感じたようだ。
だが時は既に遅かったようだ。
「アンタら、何のん気に遊びよるんよ。そげんナメち来んなら、全員蹴たぐんぞぉ!!」
三人組の真ん中、赤い特攻服の女の声が現場全体を飲み込む。そしてその声に怯んだ戦闘員達に、猛烈な向い風の如く三人組の圧倒的な威圧感がその場を支配してく。
「まずは私ですぅ。コスプレ姿の戦場の天使ちゃん、スーザン」
「一人でも最強、チームなら無敵、チカお嬢」
「殲滅あるのみ……パイン」
「「「三人揃って、アイドル戦隊スーチーパイ!!!」」」
三人はお決まりの口上とポージングを決め、この現場のど真ん中に立っている。力強く、そして鋭い目つきで。危機を察知した一部の戦闘員がフォーメーションを崩して現場から離れ始めた。
そして、悪夢のような一分間が始まった……。
「っったぁーーーー」
突然、戦闘員が奇声を上げながら倒れていく、一人ではなく至る所で次々と倒れていく。その原因はこの戦場の中心にいる。一九四七年式カラシニコフ自動小銃(モデルガン)を抱えて微笑を浮かべながらゴム弾を撃ち続けている、黄色い軍服を着た無口少女のパインだった。
「オープンゲージ、リミッター解除ぉ」
今度はピンクのコスプレ衣装のスーザンが、魔法少女が持つようなステッキを掲げていた。そしてそのステッキをゆっくりと足元に置き、静かに息を整える。
「イィーーーーーツぅ、ショぉーータぁーーーーーーーイム!!」
甲高く叫ぶとスーザンの乱舞が始まった。カポエイラのような動きを見せ戦闘員達を翻弄し、足払いで倒していく。時には足をしっかり踏み込んでの正拳突きで打ち抜き、今度はボクシングスタイルで蝶のように舞ってからのコンビネーションパンチを鮮やかに決め、そして戦闘員の懐に潜り込んでの一本背負い。立ち尽くしている戦闘員には足を取ってからのドラゴンスクリュー、すかさず足四の字固め。残されたステッキ以外を直視できない惨劇が広がっていく。
現場のありとあらゆる場所から悲鳴が聞こえ、次々と戦闘員達が倒れていく。そして遂に、残っていたレッドが動き出す。背中に大きく『吸血輩』と書かれた赤い特攻服を脱ぎ捨てサラシ姿となり木刀を肩に担ぎ、じっと双子怪人ポップコーン一号二号を睨んだまま、猪突猛進に走り出した。
「これで仕舞いやぁーーーーっ」
チカお嬢を止められるだけの勇気を持った戦闘員はいなかった。腰が抜けて立てない二号に、足がすくんで動けない一号、明らかに戦意消失であるがターゲットに目掛けて彼女は迫り来る。二号には通り過ぎざまに踏みつけて行き、そして勢い衰えぬままに一号の元へ……。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっぬぁ!!!!」
聞いた事もないような断末魔の声、それと同時に浮き上がる一号の肢体。硬直したまま地面に落ちた一号の目の前には、鋭く右足を蹴り上げたチカお嬢がいた。まさに仁王立ち、股間を押さえ白目で倒れた一号を見下ろすと、高らかに笑いながら「一撃必殺、電光石火やーーーーーっ」と右の拳を空へと突き上げた。
圧倒的な一分間、これほどの完敗を俺は見た事がなかった。
「ねぇ、チカちゃん。あそこにまだ戦闘員さんがいますね、彼らもこのままやっつけちゃいましょ?」
「……許可を」
ポップコーン一号さんを討ち取ったチカお嬢の所に、スーザンとパインが駆け寄って行った。距離は離れているのだが、パインがライフル銃をこちらに向けて構えると流石にたじろいでしまう。
チカお嬢はこっちを睨んだまま、不敵な笑みを浮かべながら何かをつぶやいた。
途端、スーザンがこちらに走り出し始める。その背後からはパインの援護射撃も始まった。
「西野くん、気を確かに持つんだ。ヤツらに、飲み込まれずに自分をしっかりと持つんだ」
「よう動く戦闘員がおるって思ったら、その声はクリオネとちゃうか? おい西野、後でワケを教えろよ。こいつらぶん殴った後にな」
現在、この現場では十名ほどしか残っていない。しかし、動ける者で数えるなら俺たち三人だけだろう。
クリオネさんと上田リーダーは俺の前を塞ぐように立ち、腕まくりをして、二人で小声で打ち合わせを始めた。
「泣いて帰りたくないなら、おっさん達を甘く見ない事だな」
再び戦闘が始まった。
先に走り出したクリオネさんは、スーザンの飛び膝蹴りをかわして走り抜ける。そして後方を走ってきた上田リーダーがスーザンを受け止めると、そのままチョークスラムで地面に叩きつける。その頃クリオネさんは、全身にゴム弾を受けながら突進してパインの腰に低空タックルを決める。そして、すかさず起き上がりライフル銃を膝に当て銃身を曲げると、無造作に投げ捨てた。
鮮やか、としか言葉が浮かばなかった。しかし、いつまでも二人に見とれている場合ではない、チカお嬢がこちらに歩み寄ってきているのだ。
「怪人討ち取られて負けとー戦闘や、早よくたばらんかーーー」
チカお嬢はそう叫びながら、木刀を掲げて走り出した。俺は気後れしそうになっていた心を振り払い、チカお嬢に立ち向かう。
最初の一太刀が俺の左の二の腕に当たる。が、怯むわけにはいかない。
「悪の分際で勝つつもりか? 何のために戦いよるんや」
「俺達は勝つために戦うんじゃない、守るために戦うんだ」
その一言に、チカお嬢は躊躇いを見せた。振りかざした木刀は停まり、ワナワナと震えている。
「し、しゃらくせー!!」
そしてチカお嬢は何かを振り払うように、叫びながら右足を蹴り上げてくる。俺は左足を引き半身でそれをかわすと、その右足を掴んで自分の肩口まで持ち上げる。そして右手をチカお嬢の首根っこに回す。
「チ、チカちゃん離れて!! キャプチュード来る!!」
作品名:古びた手袋を身に付けて 作家名:みゅぐ