裸電球
ドタドタドタッ、アパートの階段を騒がしく登ってくる音が聞こえる。
「里恵いるか?お~い、さとえ~・・・」
ドアも開けないうちから大声で呼ぶのは秀治だった。
鍵なんかかけてないことなんか知っているから、ノックもせずに薄い木製の板ドアのノブを回していきなり開けてきた。
「なんだいるじゃないか」
「いるのを知ってて上がってきたくせになによ」里恵は、夕飯の準備をしていた。
「おっ、いい匂い。なんだ今日は?俺にも食わせてくれよ」
秀治は狭い玄関に荒っぽく靴を脱ぎ捨てると、
玄関の横の小さいキッチンで夕飯の準備をしている里江のお尻を触ってきた。
「キャッ、も~~。いきなり来て人のお尻触って。だいたい秀ちゃん、何よ『ちょっと出かけてくる』と言ったきり、何日も帰ってこないで」
里恵は触られて悪い気はしないのだが、秀治のいつもの放浪癖にあきれていた。
そして少々怒っていた。
秀治は4日前、一生懸命スポーツ新聞の競馬欄を見ていた。
普段は競馬なんかしないのに、あまりにも熱心に見ているので里恵は聞いてみた。
「どうしたの、競馬なんかしたっけ?」
「いや、今度のお客さんが競馬に誘うもんだから勉強しとこうと思って」
「そのお客さんって女の人?」
「いや、まぁ~、そんなもんだ・・・」
秀治は小さなバーのマスターをしている。夜の9時にオープンして朝の5時に終わるという生活を何年も続けていた。小奇麗なさっぱりとした男じゃないが、相談事や聞き役が得意で常連客には人気があった。深夜族の眠れない変人達を相手にしてるわけだから、いつも、おかしいことに手を染めては小さな火傷をして帰って来るのであった。
里恵と秀治の付き合いは3年になる。
しかし、同棲というわけでもなく秀治は秀治で自分の家を持っていた。里恵んちの近所で似たような昭和の安作りのアパートだった。
里恵と会いたくない時は自分のねぐらに帰るし、何か妙な怪しい事をしている時も、自分のアパートで寝泊りして何日も里恵のアパートに来ない日もあった。
里恵も四六時中、秀治がいないので夫婦みたいなのか恋人なのか、遊び相手なのか、まあ、はっきりどんな相手なんだという形に収めなくていいので、こんな生活スタイルが嫌いではなかった。
四十歳近くになると、ちゃんとした結婚をした連中が「うちの旦那は・・」と悪口ばかり言う結婚生活を厭というほど聞かされているので、形にはとらわれたくなかった。しかし、それでも田舎の両親はあきらめきれず今でも「結婚しろ」と言ってくるので、最近は田舎の実家に帰るのが億劫だというのが
里恵の本音だ。
「何日か来ないと思っていたら、どこ行ってたの?お店も休んでいたでしょ?」
「あ~、すまん。実は競馬場巡りをしていた」
「その女の人と?」
「あ~、すまん。別に気に入ってるわけじゃないから・・」
「別に謝らなくていいよ。私たち結婚してないし恋人でもないから・・」
「ほんとにその人は好きなわけじゃないから・・・」
「いいよ、言い訳しなくても。どうせまたふられたんでしょ」
里恵は不思議なほど嫉妬しなかった。
今までの秀治の女性遍歴がそうさせるのか、秀治のあっけらかんとした所が彼の個性なんだと思うと別に他の女と遊ぶことが気にならなかった。
自分の母親が、秀治と同じような遊び癖の父を好きでいられるのは、やはり親子なのかなと思い血は争えないものだと里恵は納得していた。