ひとつをふたりで
ここまで必要かと思えるほどの書類の束を役所に出してきた僕は、
暑さと役人の対応に少々苛立ちを覚えていた。
その嫌気を吹き払うかのように空を見上げた。
西の空が分厚い雲で急に怪しくなり始めていた。
30度を越える暑さの町は 雲を呼び込むようにさらに暑くなる。
このままの流れで行けば確実に夕立が来そうだった。
「降るな、これは確実に降るな」僕は雨の匂いが嗅ぎ分けられる。
あと20分ぐらいだろ、10分後には風も強く吹いてくるはずだ。
ビルを出た僕は夏の日差しで溶けそうなアスファルトの道を歩き出した。
歩道の木陰にアクセサリーを並べて売っている少女がいた。
シルバーや貝殻や鮮やかに輝くガラス玉を上手にデザインした、
ユニークなものだった。
赤く煌めいたピアスの光に目を奪われ、一瞬足を緩めて覗き込んでしまった。
年甲斐もなく、こんな光り物に興味を持つなんて。
それに、誰かにあげるほどの彼女も今はいないのに。
酔狂だろうか。
「おじさん、買ってくんない?」
今時の少女の姿をしたアクセサリー売りの女の子は
綺麗な白い歯を見せて微笑んだ。ちょっと遠慮している所がかわいらしい。
「君が作ったの?」
僕は先ほど、目を引いた赤いガラス玉と白い貝殻でデザインされた
ピアスを手に取りながら聞いてみた。
「そう。でも今おじさんが手に持ってるのはママが作ったんだよ」
「へぇ。ママも上手なんだね」
「ママの方が本職なんだ。私の先生。よく売れるんだよ」
どれがママのもので、どれが彼女が作ったものか選別できなかったが
なんとなく僕好みのアクセサリーが、ママが作ったやつだろう。
彼女の年齢からすると、きっとママの年齢は僕とそう違わないはずだ。
「自分よりママの作ったやつが売れるんだ?」
彼女はプッとした顔をして
「そんなことないよ、私の作ったやつが良く売れるんだから」
剥きになるとこがかわいい。