アルフ・ライラ・ワ・ライラ6
『じゃあ、イオ様、そいつは無茶な話だ。その指輪は神の手でつくられたもの、おいらの手には余る。それに、そっちのだんなは・・・もしかして』
「あ、うん。この指輪に封じられてた魔神のジャハール。知り合い?」
精霊と魔神、顔見知りもいるのだろうかと首をかしげたイオだったが。
『するってぇと、イオ様がそのだんなの』
「うん、主人なんだって。でも、それで困ってるの。ねぇ、何とか指輪外れないかな?」
『とんでもねぇ!魔神が封じられた指輪なんぞ、おいらがどうこうできるワケがねぇ』
「だから、おれの言った通りだろうが。こいつら三流の精霊に外せるもんか」
『三流だなんて、ひどいですよぉ、だんな』
「るせ」
よろよろと媚び泣きついてくる煙の精霊を、ジャハールは指で弾く。
『いてっ、いてーよ』
じゃれあう精霊と魔神を余所に、肩を落としてイオは考える。
「そっか・・・」
けれど、精霊はいたのだ。
マムルークには、無理だった。でも。まだ道はひらかれている。
うん、と一つ頷いて顔を上げた少女に、魔神は嘆息する。
――――なんとあきらめが悪く、めんどくさい主なのか。
けれど、マムルークにこっそりと釘をさしておくことも忘れなかった。
「おい、余計なことは言うなよ」
『は?余計なことてぇと?』
「ちっ。いいか、あいつにくだらねぇこと吹き込んでみろ。とっつかまえてバラバラに引きちぎってやる」
『ひぃい』
「ふん」
震え上がり香炉に戻った精霊に鼻をならすと、ジャハールはさっさとその場を後にした。
無事隊商の面々と合流し、朝を待って都へ進むことになった。
兵士の護衛もあり、道はいたって順調で、夕刻にはイオたちの前に壮麗な都が姿を見せていた。
「う、わぁ・・・すごい」
あんぐりと口をあけて、イオは壮麗な都門を見上げる。
「ふふ、イオは初めてなのね」
「うん」
「素敵な都よ、街並みもとってもきれいで」
サマルの後ろから幌布を持ち上げて舞姫たちが顔をのぞかせる。
「でも一番素敵なのは、やっぱり王宮よね~」
「そうそう、一度でいいから王宮にあがってみたいわ~」
「せっかく王子さまとお会いできたんだし、何とかならないかしら」
「もう、姉さまったら」
うっとりと呟く彼女たちに、イオとサマルは顔を見合わせ微笑んだ。
門をくぐれば、巨大な道がイオたちの目の前に広がっていた。
両端には壮麗な建物が整然と並び、様々な色が、香りが、音が、あふれている。
軒にならぶ商品、道を行く人々、風に流れる流麗な楽の音。よく見ると異国の服装の人も多く見かける。なんと大きく、たくさんのものをのみこんだ街なのだろう。
夕暮れの都にはポツポツと灯りがともっていく。紫の薄闇に浮かび上がる幻想的な光景にイオは息をするのも忘れて、ぼうっと見とれていた。
「では、我らはここで引き上げよう」
王子の声に、ハッと我に返る。
このまま王宮と兵舎へ引き上げるという王子たちに、商人たちは深々とひざまずく。
「ハキム皇太子殿下、まことに、ありがとうございました。このご恩は決して・・・」
「いや、この都の民によく還してくれればよい」
「はぁ、ですが」
「どうかしたのか?」
「実は・・・」
カラムたち盗賊の襲撃を受けながらも無事に都までついたが、その最中、売り物にならなくなった商品も少なくない。商人たちが肩を落としていると、王子は微笑み声をかける。
「ならば明日、商品をもって王宮に来るといい。宮殿の者に声をかけておこう。それから、彼女たち舞手も連れて来なさい。美しい舞姫たちの舞踏には、みなも喜ぶ。此度の損失を十分に補えるだろう」
王子の言葉に、わぁ、と歓声があがる。顔色を上気させた商人がよりいっそう深くひざまずき、言い尽くせぬ感謝を述べたてまつる。
「はっ、はい!ありがとうございます。寛大で慈悲深い、ハキム王子とシンシネア王国に永久の栄光と祝福があらんことを」
鷹揚にうなずくと王子は宮殿へと馬主を返す。その後ろに、盗賊を引き立てて兵士たちが続く。槍を突きつけられ、しぶしぶ従っていたカラムとイオの視線が交差する。
ギッと睨み付けてくる彼の目に浮かぶのは、憎悪、そして嫉妬だ。
「カラム・・・」
なんとも言えない複雑な思いに、眉をゆがめるイオが目に入ったのだろう、王子が声をかけてきた。
「どうした?」
「あの、カラ・・・盗賊たちはどうなるんですか?」
「そうだな、当面の間は牢に入れておく。そして陛下にしかるべき判断をいただき、刑を決めることになる」
「そうですか・・・」
顔をふせた少女に、興味をひかれたのか王子は重ねて口を開いた。
「きみの名は?」
「イオです」
「そうか、いい名だね。イオ、明日はきみも宮殿にきてくれ」
そう言いおいて、王子たちは宮殿へ引き上げていった。
「ハキム王子」
ぼんやりと王子たちの背中を眺めていたイオに、相変わらず不機嫌な声がかかる。
「おい、あんまり気ぃ許すんじゃねぇぞ」
「ジャハール。どうして?だって王子は私たちを助けてくれたんだよ」
男にふりかえり、きょとんと首をかしげるイオに舌打ちをして、ジャハールは続ける。
「考えてもみろ。砂漠の真ん中に、そう都合良く王子なんてのが出張ってくるものか」
―――――気に入らねぇ。
けれども魔神の警告は、まさにその瞬間、強く吹き抜けた砂漠の夜風にかき消され、少女の耳に届くことはなかった。
作品名:アルフ・ライラ・ワ・ライラ6 作家名:きみこいし