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薬水

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「いやぁ、飛行機の中は酔うねぇ!」
上機嫌で、タラップをふらふらと降りる上司。だから言わんこっちゃない。あれ
ほど飛行機内では気圧の関係で酔いが回りますから気をつけてくださいと注意し
たのに。東京から3時間半、そんなに長くないフライトで上司はしっかり飲んで、
したたかに酔っ払っていた。

ここは上海、明日から開催される国際展示会に出展するわが社のブースを視察
する為、海外営業担当の俺は常務取締役で次期社長との呼び声高い新進気鋭の
上司を会場まで案内する大役を仰せつかったのだ。今、中国の発展はすさまじ
く、わが社も社運を賭けてこの巨大な中国マーケットに参入しようと上層部の
鼻息も荒い。

俺は、タラップを転げ落ちそうになる常務の腕を掴み、慎重に連絡バスまでの
短い旅程をこなした。機内では、CAにお酌をさせようとして断られると、
「OHくん、君営業だろ? 何とか交渉したまえ!」などと上司風を吹かせやが
って、周りから散々白い目でみられたのに、本人は何処吹く風だ。まったく、
これで良く海外に進出しようなどと身の丈に合わない野望を考えたものだ。

「桃源郷大飯店まで」
タクシーにホテルの行き先を告げ、やっと一息ついた。単独で中国営業をする
時はいつも酒店クラスの安宿を探して宿泊するのだが、今回はえらいさんが同行
するので、会社も大飯店クラスのホテル宿泊をOKしてくれた。そうでもしてくれ
ないと、この仕事は割りに合わない。ちなみに中国のホテルはグレードが下から
順番に酒店、大酒店、飯店、大飯店となっている。

ホテルへ到着。相変わらず酩酊気味の常務を抱え、フロントへ。「OHというもの
だが今日から1週間の予約をしているはずた。」そう告げると、「かしこまりま
した。お調べします。」としばらくPCのキーボードをパチパチを打ち込み、「OH
さま確かに承っております。スイートルーム1部屋を1週間ですね?」とフロン
トのシャウジェ(お姉さん)が笑顔で答えた。「え?」そんなはずはない。こん
なオヤジとスイートルームで1週間過ごすなんて事が出来る訳がない。また総務
のやる気の全くないお局さんの嫌がらせか。この間、インドのお土産であげたド
リアンチョコの事をまだうらんでいるのだろうか。あれを口にしたお局様は、ト
イレに駆け込んだきり、しばらく帰ってこなかったっけ。

気を取り直して俺は、もう1部屋を何とか用意して欲しいと交渉に入った。困り
顔のシャウジェはPCをパチパチと叩いて、顔を上げ、悩ましい顔を横に振った。
ここで引き下がっては営業の名がすたる。お前じゃ話にならないとばかりに総支
配人を呼んだ。「何かお困りでしょうか?」と慇懃な態度でやって来た総支配人
に事の顛末を告げ、「こんな事では、日本からこのホテルに来る客にわが社が警
告を出さねばなりませんね。」と高飛車に出たところ、しばらくフロント裏の事
務所に引っ込んだ支配人がやっと出てきてこう言った。

「お客様、あいにく、当ホテルは満室となっておりますが、特別にお客様にだけ
スイートルーム隣の管理部屋をご用意させていただきます。管理部屋と申しまし
ても、当ホテルのオーナーが宿泊される特別室なのです。先ほどオーナーから許
可が下りましたので、ご案内できる事になりました。」

満面の笑みを浮かべ、どうだとばかりに胸を張った支配人が、さらに続けた。

「お客様にひとつだけお願いしたい事がございます。洗面台にある蛇口の横に、
もうひとつ金色の小さな蛇口があると思いますが、それはお使いになりません
様にくれぐれもよろしくお願いいたします。」

そんなものはどうでもよかった俺は、「はいはい」と軽く流して、酔っ払いの常
務を小脇に抱え、最上階のスイートルームへと急いだ。明日は早朝から現場担当
者との打ち合わせやら、海外VIPとの商談の準備やらで常務よりずっと早く現場へ
行かなければならないので、こんな揉め事で貴重な睡眠時間を削られたくはなか
った。

さすがに会社の上層部が泊まるスイートルームは素晴らしい。俺もこんな豪華な
部屋に一度でいいから泊まってみたいものだ。むずがる常務をなだめすかしなが
ら服を脱がせて、備え付けのシルクの部屋着に着替えさせ、ベットに押し込んで
から、俺は早々に隣にある特別室へと向かった。

部屋の扉は他の部屋より小さく、部屋番号の代わりに「Staff Only」という銀色
のプレートがつけられていた。中に入ると、想像していたよりはシンプルな部屋
で、俺はいささか拍子抜けした。「ちっ、何が特別室だ。もったいぶりやがって」
そういえば、このホテルのオーナーは80歳の高齢な女性だが、80歳とは思え
ない程の若々しさと色気を保った女性だった事を思い出した。

良く見るとこの特別室は小さいながらも、壁一面に巨大な鏡と鏡台が取り付けら
れていて、よく分からない小さな小瓶が沢山並べられていた。バスルームはジャ
グジーになっていて、洗面台の上には、豪華なバカラのグラスが置いてある。
それなりに女性が使う小ぶりな部屋という装いだ。

「ま、しょうがねぇな。」俺は気を取り直し、明日に備えて熱いシャワーを浴び
た。髭をそろうと洗面台に向かうと、支配人の言っていた金色の小さな蛇口が目
に入った。「この蛇口、間違いなく純金だな。蛇口についている石はたぶんダイ
ヤモンドだろう。」スパナでもあれば持って行きたくなるような蛇口のすぐ下に
これまた金色のプレートが埋め込まれている。そこには、「薬水出口」という漢
字が彫刻されていた。

「薬水・・・そうか、あのオーナーが高齢にも関わらずあの様に妖艶な若さを維
持出来るのは、この薬水を飲んでいるんだな。かなり貴重なものなんだろう。」

俺の中で、若返りの妙薬を飲む老婆が若い娘に変貌する映像が渦巻いた。俺も
50歳に片足を突っ込んで、鏡に映る醜くせり出た腹と白髪の混じった陰毛を見
るにつけ、それがとても羨ましく、また自分も若返りを果たすチャンスが今、目
の前にあるのだと思うと、その金の蛇口をひねり、妙薬を飲みたい気持ちを抑え
る事が出来なくなった。

傍にあったバカラの豪華なグラスを手に取り、振るえながら、金の蛇口をゆっく
りとひねった。

(ジャバジャバジャバ・・・)

金色の液体がグラスの中に泡を立てながら溜まって行った。それはとても尊い物
の様に見えた。俺はグラスを頭の上い押し頂き、神に祈りを告げたあと、一気に
飲み干した。その味はどこか甘く、どこか葡萄の果実に似た、どこか懐かしい香
りのするものだった。体にさしたる変化は見られなかったが、その日俺は満足し
て床に就いた。

次の日、早起きして精力的に仕事をこなした俺は、ホテルのフロントで、それこ
そ遅まきの朝食を常務と付き合うべく、お出ましを待っていた。
「ピーン」、エレベータが最上階から1階のロビーまで下りてきた。扉が開いて
常務が頭を抱えながら出てきた。

「アイタタタ・・ 二日酔いだよ。OHくん。昨日、飛行機でビールとワインを飲
み過ぎたなぁ」

だから言わんこっちゃない。常務がさらに続けて、

「OHくん、でもな、昨日、ションベンしたくて、便所へ言ったら、小さな金色の
作品名:薬水 作家名:ohmysky