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紅茶月夜

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 好きだよ、って。そう確かにわたしは言ったのに。また敦志は聞こえないふり、してる。
「ちゃんと言ったじゃない」
「ダーメ。理音、ちゃんと言ってほしいな」
 彼はいたずらっこの瞳で微笑む。わたしはこの目に弱い。
「わたしは、あなたのことが……敦志のことが」

 鼓動が高鳴る。体が熱い。胸が苦しい。
 どうしてこんなになっちゃうの? どうしてなの?
 こくん、一度言葉を飲み込んだ。
 まっすぐ彼はわたしを見つめてる。視線がからみあって、わたしはもう逃げられない。
 ずっとこのまま、こうして捕らえられたまま、過ごすのだろう。
「――好きだよ」
 息もできないくらいの熱さがわたしの中にある。
 やわらかな感覚が襲ってきたのはそのすぐあと。瞳を閉じて、わたしは身をまかせる。ゆっくりと力を抜いたわたしの体を敦志は抱きかかえた。それでもやめない口づけが、わたしを決して離さない。

 ああ――なんて幸せ。
 生涯、決して忘れることのない瞬間。

 体をうんと近づけた拍子に、テーブルの上のマグカップを蹴飛ばしてしまったけれど。
 まだあったかい紅茶が零れて、床を静かに濡らしているけれど。
 そんなこと、ちっともわたしは構わない。
 わたしたちを見ているのは、すっかり藍色の空に浮かんだ三日月だけ。
 この幸せな瞬間を見ているのは、知っているのは、わたしたちの他は三日月だけ。
「敦志、大好き」
「理音、僕も大好きだよ」
 またふたり、気持ちを伝え合って。
 紅茶が零れていても、そんなこと関係なかった。
 ふたりの間にあるのは、愛しさという絆。もう、決して離れない。

 『紅茶月夜』 了
作品名:紅茶月夜 作家名:椎名 葵