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俺とそいつの7日間

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7日目。



日本へ帰る飛行機の中。やっと帰れるという思いと裏腹に、俺は脂汗を垂らして
おおよそ所有権のはっきりとしない、隣の席との間にある手すりを握り締め、プ
ルプルとチワワの様に、いや、ぶるぶると携帯電話の様に周期的に来る陣痛と戦
いながら座っていた。

飛行機は折からの強風に煽られ、機体が安定せず、シートベルトのサインは点灯
したままだった。俺の裏門を強烈にノックするやつがいる。おれのそいつがまた
自己主張を始めようとしているのだ。しかし今は席を立ち、トイレに駆け込む事
はご法度だ。じっと我慢するしかないのだ。

この狭い機内では、空砲を発射することもままならない。もしそれが出来たなら、
このだんだん周期が短くなり、そろそろ糞便台に向かわなければならないこの状
態をいささか緩和する事が可能なのだが、明らかにジュネーブ条約に違反する行
為となるであろう。

霞んでゆく視界に目をこらし、俺はキャプテンがシートベルトサインをOFFするの
を神に祈るようにして待ち望んだ。下唇に歯をあて、懸命に食いしばって待ち望ん
だのだ。下唇といっても上の方の下唇だからね。そんなに体、柔らかくないから、
誤解の無い様に。

「ピンポーン」、シートベルトサインがやっとOFFった。俺は少々内股になりなが
らトイレへと向かった。もう少しで請願成就と思いきや、一番前の席にいたばぁ様
が、ひょいと俺の前に立ち、あっという間に1つしかないトイレの中に消えて行っ
た。俺は何事も無かった様に平静を装うため、近くのハッチについて窓の外を眺め
るポーズをとったが、それがいけなかった。

中腰にかがんだ俺の尻筋は裏門を強烈にノックするやつを阻止する力を一瞬失った
のだ。そいつはカウンターテナー歌手の様な瞬発力のある美声を放った。

(わたしの〜、お墓のま〜え〜で〜、泣かないでください〜)

俺には確かにそいつがそう歌ったように聞こえた。不幸中の幸いだったのは、それ
が実弾ではなく、空砲だった事だ。もし実弾だったなら、今頃俺はテロリストとし
てインターポールに指名手配されていた事だろう。

傍で、そいつのカウンターテナーを聞いたCAがびっくりして、「お客様、大丈夫
ですか、と近寄って来たが、顔色を変えて足を止めた。そう、俺のそいつから出
たサリンガスの臭気が漂っていたのだ。その時、トイレの中にお隠れになってい
たばあ様がすっきりした顔でお出ましになったのだ。

これ幸いと、俺は急いでその中に身を隠した。穴があったら入りたい。しかし、
この飛行機はJALだった。急いで脱いだパンツのなかからそいつが俺に話しかけた。

(おーい、危機一髪だったなぁ、いや、聴き一発か・・・ワイルドだぜぇ)

そいつのワイルドな口から、ワイルドな昨日の宴の残りカスが止め処もなく流れて
いる。俺の思い出と一緒に。考えてみれば、この一週間、おまえと俺は、お互いの
主張を曲げず、張り合ってきた。でも、少しずつ分かり合えた気がする。そう思っ
た時、そいつはまるで満足したかの様に従順なおれのいつものそいつに戻っていった。

「コーッ!」

俺とそいつ思い出が、音と共に上空2000メートルの空の中に消えていった。

すがすがしい気持ちでトイレから出た俺を乗客たちは凝視していた。しかも、
すごいしかめっ面で。そうか、ここにも思い出の残骸が残り香として残っていた
のだ。

(わたしの〜、おならの〜せ〜いで〜、吐かないでください〜)

心の中で、そう呟きながら、俺とそいつの7日間は終わりを告げた。

(了)
作品名:俺とそいつの7日間 作家名:ohmysky