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我的愛人 ~何日君再来~

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第八章



 夏は終わりに近付いていた。
 私の連夜の素行不良を、第二夫人を通じて義父藩氏が知らないはずがない。早速大目玉を食らい、北京に帰れとのお達しが下った。それでも私はあの人に最後の別れを告げたくて、もう一晩だけという条件で外出のお許しを貰った。
 熱河安国軍総司令として主催するパーティーがあるからと、いつもの如く誘いの電話が鳴り、私はもちろんそれを受けた。
 蒸し暑い夜だったことを覚えている。私は最後の夜の為に少し濃い目の化粧をし、一番お気に入りの鮮やかなピンク色の旗袍を選んだ。足を踏み入れる、これを限りの東興楼。そう思うだけで涙がこぼれそうだった。主催者だから迎えには行けないと言われていたので、独りで訪れた。それも今では何と言う事は無い。緊張して父から離れられなかった初めてのあの夜が遥か昔に思われた。

「よく来たね! 迎えに行けなくてごめんよ」
 初めて見る軍帽軍服姿。万華鏡のように幾つもの顔を持つ、また一つ別のあの人が私の前に現われた。例の如く手を引かれ宴たけなわのフロアーへと導かれる。いつにもまして将校が多かったけれど、中でもあの人の気品に満ちた軍服姿は別格だった。私達が歩みを進める度に、皆が引き潮のように道をあける。
「こんな盛大なパーティーが開けるのも多田中将の後ろ盾があってのものだろう」
「まったくあの大勢の部下も半分は借り物なんじゃないの?」
「いつまで虚勢が続くかな」
 日本語と中国語の入り乱れた囁きがあちこちで飛び交う。あの人には聞こえていたのだろうか? その時の私ときたら噂話の意味がまったく分からずに、これから自分が繰り広げなければならないあの人との別れを一体どのように切り出していいのか途方に暮れていた。

「あの……お兄ちゃん……私、お話が……」
「ヨコチャン、踊ろう」
 強引に手を引かれて私達はフロアーの中央に滑り出た。初めてのあの夜と変わらない輝くシャンデリア、宝石箱をひっくり返したように散らばるきらびやかな紳士淑女、バンドの生演奏。
「『Bei Mir Bist Du Schon』」
「何?」
「この曲名だよ」
「どういう意味?」
「さあね? 教えてあげない」
「意地悪!」
 私は頬を膨らませた。子供っぽいとあの人は笑った。しょうがないわ、私は子供だもの、と切り返した。
「お別れだね」
 思わずあの人の足を踏みそうになった。

作品名:我的愛人 ~何日君再来~ 作家名:凛.