空 —ソラ—
……何時の間にか寝てしまっていたようだ。ほんの少し空いたカーテンから、日の光がさしている。
——夢を見た。誕生日に、自転車を買ってもらった時の夢。
滅多に笑わない父が、満面の笑みを浮かべていた。
弟が羨ましがっていた。
弟にまわっても使えるように、黒い車体の自転車。
私がありがとう、と言うと、優しく頭を撫でてくれた——。
あの笑顔——愛されていたんだ。今更ながら、私は実感する。
あまり構ってはもらえなかったけれど、私は愛されていた。
母や弟が、夢を応援してくれたのが愛情なら、父が反対してくれたのもまた愛情なんだろう。
会いたいな、と思った。
唐突に、だけれどはっきりと。
弟は怒るだろうか。里帰りなのだから、怒らないで欲しい。
父はどうだろう?
頑なに怖い顔をしてみせるか、或いはもう普通に接してくれるか。
母はきっと、優しく笑って出迎えてくれるだろう。
私はカバンから携帯を取り出した。電話帳から、編集長の番号を選ぶ。
「編集長ですか?私です。
はいはい、その記事書いた奴です。
あの、ニ、三日……出来れば四日ほど、休暇もらえませんか?
あ、有給じゃなくて良いですから!
何するんだって……里帰りです。
いや、何時からでも構いませんよ。
来週?四日間?ありがとうございます!
はい、では失礼します」
電話を切った後、ふう、と静かに嘆息する。
——久しぶりの故郷。
長く帰れていない場所——。
ベッドから起き上がり、カーテンを開けると、そこには空があった。
当たり前の事なのだけれど、久しぶりに見たような気がする。
まるで別物だけれど、それは懐かしい、故郷の町に続いているのだ。