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My Godness~俺の女神~Ⅳ

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「いいえ、結婚はしてません」
 え、というように柊路が眼を見開いた。
「でも―」
 柊路の視線がすっかり大きくなった腹部に注がれている。
 実里はうつむいた。
「ごめんなさい。ちょっと訳ありで、一人で子どもを生むことになって」
「別に実里ちゃんが謝ることはないけど、俺には君がそんな風な女の子には見えなかったけどなぁ」
 柊路は首を振り、思い直したように笑顔になった。
「でも、まあ、安心したよ。あれから、どうしてるのかなと心配はしてたんだ。だけど、君みたいなごく普通の女の子は俺のような男とはあんまり関わり合いにはなりたくないだろうと思って」
 どうも実里の方から連絡を取らなかったことを気にしているらしい。それで、やはり、彼からの連絡が途絶えたのだ。柊路はそれを彼の職業のせいだと思い込んでいるようだ。
「片岡さん、勘違いしてます」
 柊路の形の良い眉が少しだけはねた。
「どういうこと?」
 実里は言葉を探しながら慎重に言った。
「私は片岡さんのお仕事のこととか、全然気にしてません。それを言ったら、私の方がよっぽど社会のあぶれ者ですよ。会社もクビになっちゃったし、今、流行のシングルマザーにもなるわけだし」
「ねえ、こんなこと訊くのは失礼だと思うんだけど、どうして、お腹の子どもの父親と結婚しないの?」
 これまでも何人もの人に訊かれたことだ。
 実里は小さな声で言った。
「相手の男は妻子持ちなんです。だから、私と一緒になることはできなくて」
 淀みなく応えた実里を、柊路はじいっと見つめてくる。まるで嘘など端からお見通しだよ、とでも言いたげな鋭い視線だ。
「認知くらいはしてくれてるんだろ?」
 実里は首を振る。
「―その人は子どもができたことは知りませんから」
 柊路が声を荒げた。
「そんな馬鹿な話があるか! 手前だけ愉しむだけ愉しんどいて、いざ子どもができたら、知らん顔だなんて、あまりにも男として責任
がなさすぎる」
「だから、相手の人は―」
 実里が狼狽えても、柊路の憤りはおさまらないようだ。
「知らないんなら、俺が知らせてやるよ、どこのどいつだ? 俺が落とし前つけさせてやるから」
 言葉そのものは荒いが、心底から実里のために腹を立ててくれているのだと判る。
 ここにも自分のことを気にかけてくれる人がいる。実里は泣きたくなった。
 思わず涙がほろりとこぼれ落ちた。
 柊路が眼を見開く。
「実里ちゃん? 何で泣くんだ。俺、何か泣かせるようなことを言ったかな。それとも、俺が一方的にまくしたてたから?」
「片岡さんが物凄く優しいから。嬉しくて、つい」
 柊路は何故か実里を眩しげな眼で見た。
「そいつとどうしても結婚できないっていうんなら、俺はどう? ああ、でも、ホストなんかやってる男、堅気のお父さんには婿として認めて貰うのはいまいち難しいかな」
 柊路は真剣な表情で考え込んでいる。
「俺もそろそろ、この稼業も潮時だと思ってるんだ。何せ俺、もうじき二十五だし。この世界は若いヤツが次々に入ってくるから、いつまでも続けられるものじゃないしなあ。入店以来、ずっとトップを維持してきた悠理のようなヤツは滅多といないし」
 と、柊路が首をひねった。
 実里は自分でも顔が蒼白になるのが判った。
「冗談、冗談だよ。そりゃ、実里ちゃんと結婚できるなら、ホスト止めても良いと思ってるのは本当だけどね。まあ、頭の片隅にくらい入れといて。お腹の子どものことも全然、気にしない。こう見えても、年の離れた弟妹がいるから、子どもの扱いは上手いんだよ、俺」
 柊路が冗談に紛らわせようとしても、実里は笑えなかった。
 〝溝口悠理〟。もう二度と耳にしたくない、顔も見たくない男が突如として伏兵のように出現したのだ。
「どうしたの? 顔色が悪いよ。俺が冗談にしても、結婚の話なんかしたからかな」
 実里の脳裏に〝あの日〟の光景がまざまざと甦った。
 跳ねる実里の身体を上から押さえつけ、奥まで何度も刺し貫いた男。下腹部が引き裂かれそうな痛みに涙を流す実里を下から烈しく突き上げながら、あの男は自らの快楽をもっと貪るために、実里の乳房を揉みしだき、二人の接合部を弄り回した。
―こうやると、あんたのあそこが俺のを物凄い勢いで締め付けて、気持ち良いんだよ。
 淫らで残酷な科白を毒のように耳許に流し込みながら、悠理は実里の中で何度も射精した。それが、今日の実里の姿に繋がったのだ。
「あ、ああ」
 実里はその場にうずくまり、身体を丸めた。
 怖かった。辛かった。死んでしまいたかった。嫌だと叫びたくても、それさえ許されなかった。
 あの時、確かに実里は思ったのだ。
 一体、自分は何のために生まれたのだろう、と。まさに煉獄で業火に焼かれているような痛みと傷を実里の心身に刻み込んだ。
 あの日の忌まわしい汚辱の記憶が次々と再現されてゆく。頭を両手で抱え込み、実里は、あの日の恐怖と闘った。
「実里ちゃん? どうした、しっかりしろ」
 柊路がしゃがみ込み、実里の肩に手をかけたその時、実里の恐慌状態は頂点に達した。
「いやーっ。来ないで、触らないで。私をどれだけ苦しめば気が済むの? もう十分でしょう。どうしても許せないというのなら、私を殺せば良い。もう二度と、あなたなんかに触れられたくないんだから」
 柊路の手を振り払い、実里は涙を振り散らしながら叫んだ。
 柊路は愕然としてその場に立ち尽くした。
 今の実里の反応がすべてを物語っていた。
 それは柊路が最も起こって欲しくないと願っていたことだった。
 しかし、まさか悠理がそこまでするとは正直、彼も考えていなかった。柊路の読みが甘かったのだ。
 可哀想に、どれだけ怖かっただろう。辛かっただろう。
「実里ちゃん、大丈夫、大丈夫だから」
 柊路は泣きじゃくる実里を抱きしめ、しっかりと腕に抱え込んだ。
「もう、誰にも実里ちゃんを哀しませたりはさせない。俺が一生、実里ちゃんを守るよ」
 柊路の腕の中は温かくて広かった。こうしていると、まるで自分が雛鳥になって親鳥の翼に抱かれているように思える。安心できる場所という気がした。
 実里は気づいてはいない。悠理にレイプされて以来、ずっとひそかな男性恐怖症だったのに、柊路には触れられても、こうして強く抱きしめられてさえ、拒否反応は何も起こらなかった。
「あいつ、許さねえ」
 柊は唇を噛みしめ、怒りに拳を震わせた。
 早妃は確かに悠理にとっては女神だったかもしれない。だが、あの事故は本当に不幸な巡り合わせであったとしか言いようがなかったのだ。早妃を失った悠理の気持ちは推し量れないものがあるだろう。
 だが、この世の中には、やって良いことと悪いことがある。
 そして、柊路もまた彼だけの女神を見つけたのだ。悠理が全身全霊をかけて彼の女神のために闘おうとするように、彼もまた彼の女神のためならば、生命を賭けて彼女を守ろうとするだろう。
 たとえ、生涯の友だと誓った相手だとしても。

 悠理は口角を笑みの形に象る。この極上の笑みがどれほど多くの女たちを一瞬で虜にするか、彼はよく知っている。
「ああ、これからまた次に悠理クンに逢えるまで、ひと月も待たなければならないのね。随分と長いひと月だわ」