雪
彼は我に返った。
周りには一片の雪もなく、空虚だが暖かな部屋と、机と、参考書があった。
川面を覆った朝靄が風に吹き飛ばされ、ほんの一瞬向こう岸が靄の中から姿を現し、すぐにまた立ち上る靄で覆い隠されてしまったのだ。それは二度と戻ることのできない彼岸だったのかも知れない。
彼は再び窓の外に目をやった。雪は相変わらず、全ての音を吸収しながら、小さな羽毛のように降り続いていた。既に、塀の上はシャーベットのような雪で覆われている。
「このぶんだと、明日は電車が止まるな・・・・」
彼は自分自身に呟くと、あきらめたように椅子に腰を落とし、参考書に目を落とした。
彼は雪国の人達が羨ましかった。雪を憎める雪国の人達が。
そうだ、幼い日、僕の心に降り積もった雪は、もうとっくに溶けてしまったんだ・・・・
「このぶんだと、明日は電車が止まるな。」
参考書の文字を目で追いながら、彼は繰り返しつぶやいた。
今の彼にとって、通学の妨げでしかなくなった雪は、静かに降り続いていた。
作品名:雪 作家名:sirius2014