クラインガルテンに陽は落ちて
第9章 Will you dance?
僕は由樹の手を取った。
「私踊れません」
「僕もです。ただ音楽に合わせて身体を動かせばいい」
由樹は困った顔をしながら立ち上がった。麦藁帽子に少し日焼けした顔しか見たことのなかった由樹は、思いのほか愛らしく見えた。髪を下ろし、化粧を直しただけで女性はこうも変わるものなのか。ただ、笑ったときに見せるあの白い歯だけはクラインガルテンでのそれと少しも変わらなかった。
お互いに照れ臭くて顔を見合わせることは出来なかった。僕たちは恐らく地球上で最もぎこちないステップを踏みながら、”Will you dance?” を聞いた。ダンスを踊りながらの会話は、テーブルでするそれより少し親密になった。
Someone is waiting
over by the window
(窓のむこうで誰かが待っているわ)
「由樹さんとお話するようになってから、農園に来るのが楽しみになりました」
「私もそうです」
「これから何を楽しみにしたらいいでしょう?」
「たくさん、お野菜を作ってくださいね」
「八百屋さんが出来るほど?」
who will survive
if you and I should fall?
(二人で落ち込んでしまったら いったい誰が救われるのかしら?)
「今日のこと、奥様には何と?」
「素敵な女性に誘惑されたと」
「嘘ばっかり」
「冗談です。農園で知り合った人と飲んでくるって」
「ふーん」
「嘘ではないでしょ? それ以上突っ込みもなかったし」
作品名:クラインガルテンに陽は落ちて 作家名:タマ与太郎