クラインガルテンに陽は落ちて
第8章 ポトフ
「柚木さんのニンジンとインゲンを少し分けてくださいね」
「どうぞお好きなだけ」
「私のマンション、お分かりですよね?」
「ええ、パンクのときご一緒しましたから」
「501号室です。ちょっと準備したいので30分経ったら来て下さい」
「本当にいいんですか?」
「お待ちしてます」
私は柚木が収穫したニンジンとインゲンを抱えて、一足先にマンションに戻った。そして今朝早起きして作ったポトフの鍋に火を入れた。
麦藁帽子を脱ぎ、ひとつに纏めた髪をほどき、化粧を直した。そして鏡に映った自分に問いかけた。
「自分がこれからやろうとしていることをちゃんと分かってる?単身赴任の夫の留守中に家庭を持つ男を、自宅に招き入れようとしているのよ。ほんの4ヶ月前に出会った男。信頼できる男なのかどうかだって分かりはしないわ」
私は今更ながら大胆になった自分に驚いていた。
エアコンは苦手なので普段は使わないが、今日は柚木のために弱めに入れて部屋を冷やした。西側の窓からは夕方の陽が差し込み、テーブルの脚の影を床に写した。私は簡単なテーブルセッティングをしてから柚木が来るのを待った。時間差をつけたのは準備のためだけではない。近所の目が少し気になったことは否めなかった。
こんなにドキドキしながら人を待つなんて何年ぶりだろう。そわそわするってこういうことだったんだ。私は遠い昔の懐かしい感覚を思い出していた。
ドアのチャイムがピンポーンと鳴った。私はモニターで柚木の姿を確認するとインタホンに向かって「どうぞ」と言って、エントランスのオートドアを開けるボタンを押した。エレベータに乗ってこの部屋に来るまで1分もかからないだろう。玄関のドアを少し開けると、近づいて来る足音が聞こえた。柚木は脱いだキャップに缶ビールを2本入れて、少しはにかみながらやって来た。
作品名:クラインガルテンに陽は落ちて 作家名:タマ与太郎