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忘れていた風景

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真夏のオフ会.



 中野清は、一年前から「たくちゃん」というハンドルネームで無料のパソコンサイトの会員に登録している。彼がサイトの中の美術ファンのためのコミュ「心絵」に参加することにした理由は「オフ会」に参加するためだった。
 オフ会とは、SNSサイトなどの会員たちが、サイトの外で現実に顔を合わせて親交を深めよう、という会合のことである。
 タクシーの乗務員の中野が参加申し込みをしたオフ会の開催日の、八月七日の土曜日は、偶然にも彼の少ない公休日だった。都心に在る「清祥記念会館」で、それは催されることになっていた。
地下鉄の駅から地上に出た中野が道に迷っていると、声をかけてくれたのは、中間管理職風の年配の男だった。
「たくちゃんさん?違いますか?たくちゃん、ではありませんか」
 だが、相手のハンドルネームが判らない。間が抜けているとは思いながら、
「はい。たくちゃんです」
 そう、中野は応えた。
「カリスマボーイです。遅れましたね、たくちゃん」
見ず知らずの年配の男とのそのような会話は、泣きたい気持から笑いたい気持ちにさせた。だが、笑えなかった。
作品名:忘れていた風景 作家名:マナーモード