錆色ノスタルジア
一『一〇三号室の先住民』
毎朝のトレーニングから帰ると、鈴音が眠そうな目を擦りながら出迎えてくれた。
いや、正確に言えばそれは出迎えた、のうちには入らないだろう。何故なら、玄関はキッチンのすぐ横に存在しており、彼女はキッチンの中身を物色していたからだ。
「ん、おかえい……毎朝精が出うね……」
「物を食べながらしゃべるんじゃありません。というか朝飯を待ちなさい」
「遅いんだもん。というか朝から体動かすって正気の沙汰じゃないよ」
そうだろうか。慣れると一通り動かさなきゃ昼間身体が鈍って仕方ない。
「それより、今日は朝早いな。いつも昼頃まで寝てんのに……」
「え、今から寝るところだけど……」
「……」
この女の生活態度を一度改めさせなくてはならない。
鈴音は同居人だ。このアパートは二人までならルームシェア可能なのだ。いや、まあ、こいつの場合は転がり込んできたというか、不法占拠なのだが。
大きな瞳の肌の白い女の子で、栗色の髪の毛を後頭部でまとめている。ポニーテールだ。今は寝る直前なので、いつもの黒のロングTシャツとスカートを洗濯機にぶち込んで代わりに俺のTシャツを勝手に着ている。
曰く――。
「こーぞー。我々妖怪はそもそも夜の生き物だ。だから、今から寝てもおかしくないのだよっ!」
自称妖怪。ちゃんちゃんこを着た少年の妖怪と同じような妖怪だとかのたまっていた。いや、だからって、女の子が真昼間に寝床でぐーぐーとかどうかと思うところだ。夜はどこに行っているのか、姿を見せない。だから俺はゆっくりと寝ていられるのだが、朝になると日光を避けるように戻ってくるのだ。こいつが妖怪らしいことをしているところを見たことはないが、まあ、夜間徘徊をしているサマは妖怪らしいと言えば妖怪らしい。
こいつとの出会いは、春、ここに入居してきた頃であった。まずはその話から始めよう。