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錆色ノスタルジア

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「ネネちゃん、ネネちゃんっ!」
 カズちゃんの声が聞こえてくる。私は頭を掻きながら起き上る。丁度同じようなタイミングで孝造が起床する。
「ぅあー、変な夢見――ってもう夜かよっ!」
 当の孝造は何が起こったのか分からずのまま、一日を無駄にしてしまったことを後悔しているようだ。その様子に思わず脱力してしまう。
「って人の部屋で何を……」
「まあまあ。そんなことより一緒にご飯を食べに行こうよ。どうせ丸一日寝ちゃっててご飯の準備もしていないんでしょ?」
「う。悔しい。この一日で色々できたはずなのに……というかもうこんな時間か。確かに、今から飯の準備をしてたら寝るのがいつになるやら」
 そう言いながら、孝造は財布を手に取る。
 そういえば、私たちも何も食べていない。どうせだから、食事の席に相伴預かることにしよう。
 アパートを出ると、空にはお月さまが一つ、ぽっかり浮いていた。
 夜道を、二十四時間営業のファミレスに向かってとぼとぼ歩いてゆく。目の前にじゃれ合う鈴音と孝造を、隣にはカズちゃんを伴いながら歩く。
「本が、途中で燃えちゃったんだ」
「燃えた、か。どこかで術式を失敗してしまったのかのぉ」
 術式と言うのは一行、一文でも失敗があればすぐにエラーが発生して立ち行かなくなる。しかも実際に起動させて初めてエラーが発生しているかどうかが分かるのだから性質が悪い。今回の失敗は、多分単純な術式の記述ミスだろう。それ一つで命に関わってしまうのだから魔術とは恐ろしいものだ。
「補助帰還術式も用意しておいたのだがのぉ。見事なまでに役に立たなかったの……」
 その割に帰ってこれたのは、一体どのような奇跡だったのだろうか。無限の中の一を探し当てることができた。それはもう偶然ではない。偶然のような必然だ。
「うん。良く分からなかったんだけど、なんというか、ネネちゃんとの繋がりが消えちゃうような感覚に襲われて……ボク、怖くなっちゃって一生懸命呼んだんだ。ネネちゃん、ネネちゃん――って」
「カズちゃん……」
 多分、それが帰ってこれた奇跡の正体だ。
 人の意思や思いといった感情のエネルギーはやがて魔力になる、といった内容の話をしただろう。きっと、カズちゃんの思いが魔力になって、一つの『魔法』を形作ったのだ。
 それはとてもとても小さな『人の領域を超えた法則』だ。多分、人が日々何気なく起こしている人の領域を超える行為。いわば、運勢や、運命を動かす魔法だ。それはあまりに小さいから知覚できないが、その魔法が溜まりに溜まり、数年後、数十年後の自分や世界に変化をもたらす。そんな小さな奇跡の一つ。
 私があの世界で見た光は、きっとこの子の魔法だったのだろう。
 だが、人は知識なしに魔法を自由自在に扱うことはできない。その魔法を己が技術とする為に、魔術師たちは知識を織って魔法を扱う術を編み出したのだ。それを魔術と言ってもいい。この子が扱ったのはそんな知識で編まれた魔術ではなく、心で形作られた魔法だった。彼は無意識のうちに奇跡を引き寄せたのだ。これを意識してできるのは、精霊の類に他ない。
 彼が魔法を扱えたのは、意識しての行動ではなかったからだ。魔法に頼ろうとせずに、たった一つの願いを胸に、強い意志で願うことができる。それは私たち魔術師とは真逆のあり方なのだ。
 魔術師は魔法を扱う為に、あらゆる願いを胸に万能を目指し、自分の意思を殺して知識を蓄える。この二つのあり方は一種の逆理のようであり、魔術師たちには『魔法使いのパラドックス』とも言われている。
 今日、私はカズちゃんの魔法に救われた。彼は無垢な顔をして人々を無意識下で魔法のように救っていく。それが彩月一兎という少年なのである。
 だから、私はこの少年に恋したのだ。
 月は輝く。月面では今日も兎が餅を搗く。


二『二〇一号室の兎と魔女』――了
作品名:錆色ノスタルジア 作家名:最中の中