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きみこいし
きみこいし
novelistID. 14439
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アルフ・ライラ・ワ・ライラ4

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礼をいい、差し出された上着をありがたくうけとると、身につけた。
背後で男が舌打ちする。
先を行くカラムについて行こうとしたイオは、恐る恐るジャハールを振り返り、
「行こう?ジャハール」
魔神は、ものすごい顔でにらんでいた。





はじめて会ったときの印象通り、カラムは調子のいい、愉快な男だった。
イオが働くことになった隊商は、五台の荷馬車にラクダが15頭、ロバが3頭、馬が5頭、そして、三十人ほどの商人、護衛、雑用で構成された大きなものだった。それというのも、荷馬車の内の一台が『特別な品』をつんでいるためだった。
その品物の世話というのが、イオに与えられた仕事だ。
ちなみにジャハールはラクダの御者をしている。文句を言いさんざんごねたのだが、最後にはイオの『お願い』で、しぶしぶながらも従っている。やる気のない態度とは裏腹に、たいして苦もなくラクダたちを扱い、荷駄の積み下ろしにも人より倍の量を扱うことで、無愛想な態度にも大目にみられているようだった。
対するイオはというと、毎日が悪戦苦闘の連続だった。もともと、使用人に命じる立場にあったのだ。慣れない水くみに、荷物持ちにクタクタに疲れていたが、もっともイオを疲れさせる存在がこの荷馬車の『品物』だった。
今日も朝から、声がかかる。
「イオ~、ねぇ、まだなのぉ~」
「はい、すぐに」
幌の内からかかる声に、イオはあわてて水差しをかかえて飛び込んだ。その先には美しく着飾る妙齢の女たちが、思い思いの姿でくつろいでいた。
ほっそりとした腰、豊かな胸、流れる髪を高く結い上げ、金銀、宝石、色とりどりの布と宝飾品で飾り立てられた彼女たちは、行き先々で楽を奏で、歌い、踊る舞姫たちだ。
「お待たせしました」
こぼさないよう慎重に運んできた水をそっと置く。すると、
「ねえ、イオ。私たち水浴びがしたいわ」
「え?!」
「いいでしょう?こんなせまい所ばかりじゃ息がつまる」
「そうよ、足も腕ものばしておかないと、ちゃあ~んと舞えないわ」
「わたしたちのお世話をするのが、あなたの仕事でしょ」
「ね、お願い。イオ」
くすくすとさえずる舞姫たちは鳥のように美しいが、わがままで、少し意地悪だ。けれど言葉で彼女たちを言い負かせたことなどない。
「・・・隊長に聞いてきます」
ため息をつくと、イオは幌を出て許可を取りに走った。



オアシスの泉のほとり、近くの木々に天幕をはり、布と着替えを用意したりと、短い休憩時間にイオは駆け回る。そして。
「姫さまたち、用意ができましたよ」
声をかけると、歓声を上げ舞姫たちは我先にと泉に飛び込んでいった。
はぁ、とイオは泉の側に座り込むと、こわばった体をほぐし、ぐるぐると腕をまわす。
と、そこに。
「おつかれさま、イオ」
「サマル!あなたは水浴びしなくていいの?」
「ううん、わたしはイオとお話したいわ。いいかしら?」
「もちろん」
思わず笑顔で答えると、少女は微笑みながらイオの隣に腰を下ろした。
サマルも舞姫なのだが、一番年下の小柄で、踊りも未熟な彼女はもっぱら音を奏で、舞姫たちの雑用を引き受けてきたそうだ。内気な性格も相まって、年上の舞姫たちにあれこれ言われながらも、可愛がられているようだった。
イオとサマルは年も近く、すぐ仲良しになった。
二人で泉に足をつけて話を続ける。
水は冷たく、暑さで火照った体に心地よい。長い距離を歩いてきた足の熱がひいていく。
「あの、ごめんね。姉さまたちがわがままを言って。でもきっと姉さまたちも感謝してるの。イオはいつも一生懸命に、私たちによくしてくれるから。甘えてしまってるのね」
「ううん、いいよ。だってこれが私の仕事だもん」
実際に仕事を得て、イオは嬉しかったのだ。
確かに、慣れない力仕事に体は悲鳴をあげるが、けれどそれ以上に自分が役にたつことが誇らしく、新しくできることが増えることが楽しかったのだ。
気持ちよさそうに微笑みながら、イオは足で水を跳ね上げる。陽の光にあたり、水滴が宝石のように七色に輝いた。
「わたし嬉しいの。わたしでも役にたてることが。この隊商に拾ってもらって本当によかった。みんなとってもいい人ばかりだし」
「私もイオが来てくれてうれしいわ」
「サマル、ありがとう」
ふふふ、と微笑みあうイオたちの背後では、舞姫たちがきゃいきゃいと水浴びに興じている。
と、そこに。
「おーい、そろそろ出立だよ」
ゆったりとした足取りでカラムがやってきた。彼は舞姫たちの声に目を細めニンマリと笑うと、誰に言うともなしに呟く。
「いいねぇ、まさしく魅惑の花園だな。乾いた心を潤す、砂漠に咲いた奇跡の花園。その美しく咲き乱れる大輪の花、風にたなびく甘く芳しい香り、少しだけでも拝みたいものだが・・・」
天幕のむこうに首を伸ばすカラムに、目をむいて少女たちは叫ぶ。
「「カラム!」」
「おっと、わかってるよ。冗談。冗談。そう恐い顔をしなさんな。じゃあね、イオ、サマル」
イオたちの剣幕に、身をひきながらカラムは手を振り、引き返す。
「まったく・・・」
「あの人、口を開かなければ格好いいのに・・・」
ため息をつき、しみじみと呟くサマルにイオは吹き出す。
「ぷっ、それってあのへんてこな詩のこと?」
「やっぱり、イオもそう思う?」
二人はどちらともなく顔を見合わせ、はじけるように笑いあった。




いくつかの街に立ち寄り、商いをしながら隊商は都へ向けて進んでいく。
さすがに自負するだけあって、舞姫たちの踊りはたいしたものだった。彼女たちが軽やかに舞い、鳥のような声で歌えば、瞬く間に人だかりができ、商品は飛ぶように売れていく。
生まれてからネイシャブールを出たことがなかったイオは、はじめて見る街に、景色に、食べ物に目を奪われ、そして自分の技と知恵、判断で砂漠の世界を旅する彼らに憧憬の念を抱くようになっていた。
そうして隊商にまざって過ごすようになって、十日ほどたった夜のことだった。
いつものように野営の支度も終わり、少し手持ちぶさたになったイオは馬車から下りてきょろきょろと周囲を見回す。
(きっと、あそこだ)
そして、あたりをつけると、近くの岩山に歩き出した。