RED+DATE+BOOK03
桐生さんは車を止めるとエンジンを切った。
瞬間、訪れる静寂。
空気の気配しかしないここは別に寂しいわけではなく、むしろ心地よいものだった。
既に時刻は9時を回っていた。
ガチャリと車のドアを開けて外に出る桐生さん、そして後部座席のドアも開いた。
「降りませんか?」
「・・・・・・・。」
俺は少し眼を空にさまよわせて静かに車を降りた。
ダンボールはずっと持ったままだ。
ひんやりとした空気が肌をかすめる。
そういえば未だ俺は半そででハーフパンツのままだったと思い出した。
ぱさりと肩から落ちたウィンドブレカーを桐生さんは再びかけてくれてその上から自分のスーツも置いた。
「此方です。」
肩を押され、支えられながら歩いてきたのは駐車場の端。
そこからは宝石を散らばめたような夜景が広がっていた。
「う・・・わ。」
色とりどりに輝くキラキラと光る地面。
「私のお気に入りの場所なんです。」
そう言って桐生さんはかすかに笑った。
「俺・・・大丈夫です。」
数分二人で無言で眺めていた、そして俺がゆっくり口を開いた。
喉はカラカラだった。
「大丈夫。」
それでもはっきりと。
自分に言い聞かせるように。
自分を保つために。
桐生さんは俺の様子に悲しそうな眼を向けた。
家に帰ると既に時間は10時に近くなっていた。
居間に顔をだして今日は疲れたからご飯はいらないと伝えた。
みんなは早く寝なさいね。と労わり言葉をかけてくれた。
部屋に入ってドアを閉める。
俺の部屋はじーちゃん達が配慮してくれたのか洋間だった。
そして俺はドアに背中を預けながらズルズルと座り込んだ。
ダンボールをフローリングの床に置く。
緑の制服とピンクのネクタイは変わらずに布となって収まっていた。
「はっ・・・・はっ・・・。」
呼吸が上手く出来ない。
喉に何かが詰まっている。
俺はぎゅっと膝を抱えて手は胸を強く掴んだ。
「かっ・・・。」
苦しいのに苦しいのに涙は出なかった。
「かける・・・。」
緑の布を握り締めてダンッとそのまま床を殴る。
「さくら・・・せんぱ・・・。」
頭をよぎるのは彼らの顔。
胸が苦しくて苦しくてどうにかなってしまいそうだった。
全然大丈夫なんてなかった。
平気なはずなかった。
「はっはっ・・・!」
それでも涙は出なくて乾いた喉と眼をかきむしりたくなった。
「っぅ・・・はぁ・・・」
頭の中が混乱していた。
何が悪かった?
何も悪くない?
誰が悪かった?
誰も悪くない?
何をすればよかった?
何もしないほうがよかった?
頭の中が熱くてどうにかなってしまいそうだ。
「ゃだ・・・ゃだやだやだやだ!!!!」
言葉にならない悲鳴をあげた。
何がイヤだ?
何故?
何が?
誰が?
苦しい・・・。
苦しいよ。
誰か・・・なんて卑怯すぎて手を伸ばすことも出来なかった。
「ぅ・・・。」
気づいたら朝だった。
俺はあのままフローリングで眠ってしまったらしい。
酷く痛い頭を押さえながらベットに横になった。
部屋の壁に篠宮高校の制服がかかっていた。
着たくないな・・・。
濃紺が酷く嫌いな色に見えた。
「亮ちゃん?そろそろ起きなきゃ遅刻しちゃうわよ?桐生さんも待ってくださってるわよ。」
なかなか起きてこない俺の為におふくろが部屋に入ってきた。
俺はおふくろのの姿を確認するのも億劫で布団のなかでもぞもぞと動いただけだった。
破れた制服が入ったダンボールは一先ずクローゼットの中に隠しておいた。
「亮ちゃん?起きないの?」
そういいながら布団を剥ぎ取る。
「まぁ、そんなカッコで寝てたの?」
俺は昨日部活に出ていたかっこのまま寝ていた。
恨めしい眼で見るとおふくろは首を傾げて手を俺の額に当てた。
「う〜ん・・・。やっぱり熱があるのね。」
ヒヤリとした手が心地よい。
そんな事をぼーっと思いながらそりゃ熱がなかったら死んでるよなと思った。
「体温計持ってくるから待ってなさい。」
そして再び布団をかけて部屋を出て行った。
熱・・・?
じゃあ・・・今日は学校に行かなくてもいいかな?
そんなずるい考えを頭の隅に巣くわせた。
「38度2分。完璧熱があるわね〜。」
「・・・・・・・。」
俺は話すのも億劫で只、息を吐いた。
「学校休む?」
それに頷く。
何処かから臆病者という声が聞こえた気がした。
「じゃあ、連絡はしておくわね。一緒にいてあげましょうか?」
「いいよ。移ったら困るし。第一今日は杏那のベビー教室だってあるんだろ。」
喉の粘膜が張り付いて気持ち悪い。
「そう。行って来てもいいの?」
「楽しんできなよ。杏那に変な事教えないようにね。」
「変な事って何よ。じゃあ、ゆっくり寝てるのよ?」
「うん。」
俺は深く布団をかぶって再び目を閉じた。
卑怯者でも臆病者でも
今は許して欲しい
大きく息を吐いた。
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あれ?亮も春もいない。
楓は一年二組に入って隣の席が開いてるのを見た。
亮はこれまで自分より早く来ていたはずだけど。
春だって寮を出るのは早い。
そんな楓も寮から通っている。
「鞄はあるな〜。」
春の机に置いてある鞄に首を傾げた。
「青木なら教室入ってすぐに出て行ったぜ。」
「あ。木野下君おはよう。」
「お〜。何?まだ草もきてねぇの?」
「草・・・。」
「なんか青木慌ててたみたいだけど。」
「そうなの?」
「ああ。草の席見て来てないって分かったらさ。」
「・・・亮の?」
「ま。もうすぐHR始まるし来るだろう。」
「うん。待ってる。」
春はHRはじまるギリギリに教室に入ってきた。
亮はまだ来ていない。
「春おはよう。」
「おはよう。」
春は未だ開いている亮の席を気にしていた。
「亮来ないね〜。休みなのかな?」
「・・・楓・・・。」
「ん?」
そして僕は昨日あった事を聞いた。
「・・・な・・・何それ・・・。」
春は眼を伏せている。
「亮の制服が破かれてた・・・?」
それにコクリと頷く春そして口を開いた。
「宝物だって言ってた。」
「そんな・・・。」
酷い・・・酷いよ、そんなの。
「だから亮は来ないの?」
春はわからないという風に首を振った。
「僕のせいだ・・・。」
僕があの日一緒に学食なんか行って藤堂先輩と加賀先輩を紹介したから。
「僕と一緒にいたからだ・・・。」
ズブズブとはまっていく思考を救い上げたのは凛とした声だった。
「違う。」
「春・・・だって・・・。」
「楓のせいじゃない。」
「だって・・・。」
「俺はこういう事があるとわかってもまた亮を好きになる。」
「春・・・好きって・・・。」
「楓も亮を好きだ。」
違う?と視線で訊ねられれば否定なんか出来ない。
「初めてだったんだよ・・・僕にあんな風に接してくれる人。」
会ったばかりなのに懐かし言葉。
作品名:RED+DATE+BOOK03 作家名:笹色紅