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猫になって歩けば棒に当たる?

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 生きてこの道を渡りきることはできないと覚悟した僕は自分を諦めた。けれどせめて、せめてこの温もりだけは渡りきらせてあげたい。自分でも驚く程速く、そっと、腕の中の温もりを放り投げた。迫りくる死神の鎌から解放してあげるために。
 その直後僕は何トンかも想像もつかない鉄の塊と衝突し、自分のどこだかわからない骨が粉々になっていくなと認識しただけで痛みを感じる時すら与えられずコンセントが乱暴に引き抜かれたかのように意識が唐突に切れてしまった。

 あの猫はどうなってしまったんだろう。
 あの後、猫が助かったのかどうか確認したくてもできない。僕はもちろん死んでいるんだろう。だけどあの猫は助かったと信じたい。一緒にひかれてしまったのなら僕は何もできなかったことになる。最後の最後までなにも出来なくて終わる人生だったと今更ながら涙が出てきそうだった。しかし生きていてももう会うことはないだろうな……
「それがあるんだニャ〜」
「!!」
 突如として僕以外のなにかが割り込んできて反射的に頭をかきむしった。
 さっきの声、今音としてじゃなくてもっと変な感じ……直に頭で理解したのだろうか?
 というより……ここどこだ? ただの僕の思考じゃなかったのか?
「頭にハテナマークばっかり浮かべて混乱しすぎニャ。戸惑う気持ちもわかるが鬱陶しいニャ。でもまあ命の恩人だし強くは怒れないニャ」
「命の……恩人?」
「またハテナかニャ。もう気にしない気にしない。。そうそう命の恩人だニャ。わしはおぬしに救われた猫だニャ」
 ゆらりと闇の奥から現れたのは一匹の猫。
「あの時の猫? で、でもあの時助けたのはたしか詳しく見る暇がなかったけど三毛だったはず……君のようにその……金色ではなかった」
 その猫は毛が艶やかな光沢を放つ金の毛を持つ猫だった。
「カカカ。そうだニャ。あの時は仮の姿、三毛猫として生活してる状態ニャ。でもただの三毛猫じゃないニャ。オスの三毛猫ニャ。すごくないかニャ?」
 愉快そうに僕に理解を求めてきたがこれっぽっちもすごいとは思わない。なにがすごいのだろう化けられるからか?
「む、これはわからんって顔だニャ。まったく無知だニャ。三毛のオスは遺伝的に……って話すと長くなりそうだからやめておくけど、それよりもっとわしがすごいのはニャ――わしが猫の神、猫神様であることニャ! 敬意をこめて猫神様と呼ぶことを許してやるニャ」
 得意げに胸を張る猫。二本足で立ってるよその方がすごいよ。
「何か反応しろよ!――って興奮しすぎてうっかり|ニャ《設定》を忘れてしまったニャ」
 僕が黙っているとその猫はぷりぷりと怒りだした。仕方ないので思ったことそのままに言ってみることにした。
「へー。なんか金色で偉そうな態度だし、僕の頭に勝手に入り込んできてるから、そんな感じなんだろうなと思ったからさ」
「――なんて面白みのない奴だニャ」
「すんません」
「ま、気を取り直せわし。うん。こんな若造になめられちゃいかん」
 自分を応援している神様ってなんだか斬新だなあ。
「それでわしは神だニャ。猫のだけど」
「神様なのになんで車なんかにひかれそうになってるんですか」
「わしも考え事をする時だってあるんだニャ。あの時も今日のおやつは……」
「あー。それで僕に何か用があっていらしたんじゃないんですか。あ、もしかして死んじゃったから生き返らせてくれるとかですか?」
 その後の言葉を聞くとさらに神様であることが信じられなくなりそうだったので途中で話を捻じ曲げて言った。もちろん本気で言ったわけじゃない冗談である。
「んニャ、死んではないニャ」
「死んでないんですか」
「――意識不明の重体、わしの見立てでは目立覚めるまでに半年以上はかかるニャ」
「半年……」
 呟いてはみたものの正直実感はない。一度は死神が迎えに来たと覚悟していた。けど実際来たのは自称猫神様。何が目的かわからないので尋ねてみることにした。
「それでこんな頭の中にまで何しに来たんですか? お礼とか? 別にいらないですよあんなの僕の自己満足でしかないし」
「お礼か。そんなののためにわざわざわしが腰を上げるわけないニャ。面倒なのは嫌いなんだニャ。単刀直入に言おうかニャ。目が覚めるまででもいい。おぬし、猫として生活してみないかニャ?」
 猫への転生。誰もが一度は憧れたことがあるのではないだろうか。好きな時に起きて、ご飯も飼い主がいれば特に努力しなくても与えられる。勝手に家を出ていっても文句は言われないし、かまってほしい時だけ甘えた態度をとればあわよくばおやつなんかも出てくる。悠悠自適に生活できる素晴らしい生き物である。と僕は勝手に想像している。
 一度死んだと思っていた身だ。特に人間にこだわりや未練とかあるわけじゃない。むしろ猫っていいなーと屋根の上を見上げていた自分を思い起こした。なにより覚醒するかどうかもわからない意識のない身体に居たってつまらないだけだろう。あの子の長く綺麗な髪が記憶の影としてちらついたがそれも一瞬のことだ。
 僕は決意した。
「よし。それじゃあ僕を猫にしてください」
 想像していたより早い返答で逆に提案してきた猫の方が呆気にとられた顔をしていた。
「ほ、本当に良いのかニャ? 時間は余裕があるからもっと考えて良いんだけどニャ。その元に戻れるのかとかうまい飯食わせてくれるのかとかおやつは何回までとか毛糸の玉はいくつ与えてもらえるのかとか気にならんのかニャ?」
「うーん、別に。後半の疑問は思い浮かびもしなかったけど」
「そ、そうか。まあおぬしが良いというならわしも恩返しができたと喜べるしニャ」
 トラックにひかれたそうになった猫を助けた僕は、助けた猫に猫にしてもらうことになった。

 僕は人間が嫌いだ。だから、自分だって嫌いだった。
 何かになりたいという夢なんて持っていないし、ただ漠然と流れに身を任せて生きてきただけだと思う。
 もし死んだら何になって何がしたい、なんて考える事が多かった僕。
 むろんその中に別また人間になりたいと思ったことなどただの一回もなかった。

「それで、おぬしはどんな猫になりたいとか要望はあるのかニャ?」
「そうだなー、毛は長いほうがいいなその方が可愛いし、夏は暑いだろうけど我慢できるだろう。ほら、だってあの短毛っていうかもう肌がむき出しで気持ち悪い猫いるじゃん? あれは流石に嫌だよな」
「スフィンクスだニャ。あいつらだって立派な純血種だニャ。――しかし人間にそんな風に思われていたのかニャ。哀れニャ……」
「あと、ブチャ鼻の奴も勘弁な。あれじゃ息しにくそうだし……」
「おぬし結構わがままな奴なんだニャ……」
「あと毛色は真っ白な! あの白い猫っていうのはたまらなく可愛い。フフフ……」
「わかった、わかったニャ。白で毛が長い奴でいいんだニャ?」
「うん。――人間をやめるのか、少しわくわくしてきたな」
「んじゃ、行くかニャ。人の思考に入り込むのは結構重労働なんだニャ。基本猫はめんどくさがりなんだから、こんなことは普通したがらないんだニャ。感謝せいニャ」
「それは猫神様だけの話じゃないのか。というより行くってどこに行くんだよ? 僕の身体は動けないだろう」