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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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海人の宝

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 見習いから始めて半年以上が過ぎた。すでに見習いという立場を超え、一通り漁業を覚えたウミンチュウと仲間から認められるようになった。
 安次富も、しっかりとやっていけると念を押し、いずれは自分の分を引き継いでもらいたいと言った。というのは、安次富は、自分の引退後は長男に継がせたかったが、長男は漁師になることを嫌がり、沖縄を出て内地に移住して以来、めったに帰ってこないというのだ。どうせなら、他人でありヤマトンチュウであっても、意欲も能力もしっかりとある龍司の方が跡取りにふさわしいと言った。
 そのこともあり、龍司は、見習い期間が終わると安次富の家に引っ越し、長男が使っていた部屋に住むこととなり、また、船や車、漁業用具をそのまま共有することとなった。漁獲の収入も山分けという形に切り替えてくれた。
 龍司も龍司で、そんな申し入れを快く受け、また、漁師になるために必須となる船舶免許と無線免許を取得した。
 一人前になるには、まだまだ修業が必要だが、一応は自立した形が整ったかんじだ。
 そんな時、龍司とウミンチュウ仲間を困惑させるとんでもない知らせが飛び込んできた。
 その日の正午、昼食の後だった。下地が沖縄防衛局の知人から聞いた話しだという。
「なあ、来週、海兵隊の水陸両用車の演習があると通告を受けただろう」
と下地が詰め所に集まったウミンチュウに言い放った。
「ああ、もう通告は受けとるよ。いつものことだ」と安次富。
「それがさ、今度のは、いつもより規模が大きくなるようで、戦車の数も増え、演習範囲も広がるそうなのさ」
「それはどういうことなんだ?」と龍司。
 ウミンチュウ一同、はっとした面持ちになった。
「おそらく、今、モズクの網を張っている場所も通過することになるだろうってことさ」
「何!」
 皆、大騒ぎになった。とんでもない。龍司も、辺奈古に来て何度か水陸両用戦車が海中から浜辺の方へ通過していくのを見たことがあるが、それはまさに海を泳ぐ戦車であり、幅も高さも並みでなく。中に二十人ほど人が入れるぐらいの図体である。


軍の揚陸作戦に使われる戦車だ。演習の後に水中に潜った時に車輪のキャタビラによって、海底に幅の広いキャタピラ痕がくっきり残っているのを眼にする。
 もっとも、水陸両用戦車が通過する経路は決まっており、その場所にモズクの網を張ることはしない。ところが、どうも今回はめったにない大規模演習になるということなのだ。台数も増え、そのため通過コースも広げるというのだ。モズク網など簡単に引きちぎられ、モズクは収穫前というのに全滅となり、大損となってしまうのは目に見えている。辺奈古漁協共同の運営であり、多額の資金を投じて種付けから丁寧にしてきた。それが、まさに海の藻屑となってしまうのか。
 何とか、モズク網がある場所は通過しないようにするか、その大規模演習を収穫後まで延期して貰うしかない。
 ならば、交渉だと、皆、息巻いた。過去にも海兵隊と交渉をしたことがあったという。それも水陸両用戦車が、故障して海底に放置されオイルが漏れ始めた時だ。
 沖縄防衛局を通して、基地に対して、戦車を引き揚げるように要望を出したが、実際に引き上げが始まったのは苦情を出してから一ヶ月も後だったという。
 困ったことは、どんなに漁民側が被害を受けようと、米軍には損害を補償する義務は全くない。それは日米地位協定に規定されていることだからだ。
 なので、急いで強い態度で交渉に望まなければならない。それも直接交渉でないと時間がかかる。
 安次富を代表として数人ほどが束になって殴り込みに行く気分で向かうことになった。もちろんのこと、龍司も加わった。ウミンチュウの中で英語ができるのは龍司だけだ。基地の方には通訳がいるものの、英語ができる者がいると心強いだろうと思うからだ。
 龍司は、自分の使命を自覚した。

 基地のゲートまで行き、ゲートにいた日本人の警備員に事情を話し、渉外課との交渉を申し出た。実に切迫している。交渉に応じるまでここで座り込みをすると伝えた。
警備員が電話で内部に連絡をしてから、待つこと二時間後、ゲート通過の許可が降りた。とりあえず、先方は話しだけは聞いてもいいということだ。

 そこはとても殺風景な部屋だった。壁が冷たい灰色のせいか面談室というよりは取調室なのかと思うほど殺風景であった。
 ウミンチュウら五人が椅子に座って待つこと一時間後、二人の人物がドアを開け入ってきた。
 一人は通訳らしき日本人の中年男性。もう一人は二メートル近い背をして体付きがいかにも軍人らしい金髪の大男だった。二人は、五人のウミンチュウと対面するように座った。
 年齢は四十近くに見える。筋肉ムキムキで、半袖でカーキ色のシャツを着ていたが、そのシャツから膨れあがった筋肉の血管がくっきりと見てとれるほどのごっつさだ。顔も同様に強面で、一目見れば気の弱い者なら、その場で遠ざかりたくなるほどの外見だ。さすが、これがアメリカ軍人、その中で最も獰猛だといわれる海兵隊員ならではである。名は、チャールズ・ヘインズ曹長といい、来週の水陸両用戦車の演習を担当する教官だという。
 待たされること三時間、話しを聞くだけなので、せいぜい十分程度しかここにいられないという。なので、互いに挨拶は省く形で進めた。


 安次富が戦車の通過経路からモズク網のあるところを外すか、モズクの収穫が終わるまで延期して貰いたいと単刀直入に言った。
「それはできない。このことは日本の防衛局にも伝えたことだ。この演習は、綿密に計画を立てたもの我々にとっても非常に重要だ。貴方達が漁をしている海は日本政府が認めた訓練提供水域だ。このような事態は十分予期されたことことであり、それに合わせて漁業をすることが当然の義務であると考えるべきだ。我々には訓練を実行する権利がある」
とヘインズはまくし立てるように言ったが、通訳は日本語で「できません。演習は止められない。米軍の運用に支障をきたすことは認められないのです」と要約とも自らの見解なのか分からない言葉を発した。
 当然、龍司以外は、ヘインズの言った言葉は、はっきりと理解していない様子だ。
「だがな、俺らは、モズクで食っているんだ。なあ、わかるか。あんな戦車で潰されたら、俺たち生きていけないんだよう」
とウミンチュウの一人、島袋が泣き叫ぶように言った。
 通訳はぼぞぼそとヘインズに何かを伝える。英語らしくない英語を言った。こいつ、英語があまりできない奴だなと龍司は見抜いた。
 ヘインズは、
「我々は、両国の合意で認められた範囲の行為を行っているに過ぎない。何らかの不利益が生じたとしても、それは想定の範囲内と考えるべきだ」
と平然とした面持ちで言った。通訳は「そうは言っても、無理なのですよ。あそこは提供水域なのですから」と通訳能力のなさをさらけ出す言葉を言い放った。
 龍司は、いらいらした。こんなやり取りがあるのか。通訳も、このヘインズという男も
一種のはぐらかしゲームをやっているかのようだ。ウミンチュウたちは、疲れて何もいえない表情になっている。
作品名:海人の宝 作家名:かいかた・まさし