海人の宝
そんなチャーリーの姿を見て、龍司もつられて目から涙をこぼしてしまった。
ああ、何て残酷なことが起こったんだ!
それから数週間後、突如、日本政府は普天間飛行場の移設先を前政権がアメリカと決めた通り、辺奈古にすると発表した。昨年の政権交代以来、アメリカと交渉を続けてきたが、アメリカの方は当初案から一歩も譲らなかった。そして、結果、大騒ぎをした挙げ句、当初案に戻ったのだ。
抑止力として、沖縄の海兵隊のプレゼンスは必要であるとして、当初案通りにするのがやも得ないとの結論に達したとのことだ。
その決定の発表後、沖縄は一気に怒りに包まれた。当初から辺奈古案を支持していた人々も、散々期待を抱かされた挙げ句、弄ばれ裏切られたということで、むしろ反対に回ってしまった人も出たほどだ。
発表後、首相は当初案に戻ることでお詫びを兼ね沖縄に出向いたが、首相が県知事に会うために訪れた県庁近くではプラカードや横断幕を抱えた人々が集まり「できれば国外、最低でも県外」という公約を破り、当初案に戻った主民党政権とその首相に抗議の意志を示した。
県知事は、当初、公約の実行は難しいとして県内移設を容認する立場であったが、県民の怒りの声があまりにも大きいがため「受け入れることは非常にむずかしい」と首相との会談で述べた。
しかし、日米両政府は、辺奈古が最善の案だとして当初案通りに実行する共同声明を発表した。そして、それが日本政府の最終決定であることを明白にするため閣議決定もした。
怒りはますます強まった。本土では、政権交代しても変わらず、アメリカのいいなりになる政府に対する失望感が広まった。日本は、未だにアメリカの属国のままかと。だが、遠い沖縄での問題だとして、やむなしと見る考えも広がり、発表後、本土では関心が急速に薄れていった。だが、ウチナンチュウには、辺奈古に滑走路を造る案など到底受け入れられない。
そんな折り、龍司は疲れ果てたヘインズと会った。二人で、トニーが落ちた崖の上に立って海を眺めていた。結局、滑走路が造られることとなった辺奈古の海だ。エメラルド・グリーンと薄い青色のコントラストが実に美しい。
真下を眺めると、急な崖だ。絶壁ではないので、腰を下げ滑り落ちるようにすれば怪我もせず麓の海岸に降りようと思えばできないことはない。だが、それも日の明るい昼間だからできることで、照明が全くない真っ暗な夜にそれをしたら危険極まりない。
それをトニーはした。そして、死んだ。事故だったのか自殺だったのかは分からない。真っ暗だったから走った先に崖があるのを気付かなかったのかもしれない。しかし、夜中でも、そこが崖の先端だということは、近付けば何となく分かるような地形であり、星の光とそれに反射する海面はぼんやり見えたはずだ。それは、あの晩、トニーを追いかけた龍司やヘインズでも分かったほどだ。しかし、トニーは崖の先端にまで来ても立ち止まれなかった。それほどまでに追い詰められた状況だった。そして、追い詰めたのはトニーの実の父親だった。トニーが存在さえ知らない父親で、死ぬまで父親であることを知らせることができなかった人だ。
ヘインズは、トニーが死んだ事件が起こった後、謹慎処分を受けていた。彼が指導する部隊の隊員が脱走を企て、その隊員を連れ戻すため個人的に接触したものの、その隊員が死んでしまう結果になったためだ。トニーの死は、軍によってトニー自身の過失による事故死として片付けられた。しかし、ヘインズには対応の不手際があったと指摘され、訓告と一週間程度の謹慎処分が下された。
だが、ヘインズは謹慎が解かれた後に、自ら休職を願い出た。精神的に軍務を継続することが難しい状況にあるためだ。
その申し出は認められ、ヘインズは三ヶ月程度休職することとなり、その間に沖縄に配属されて以来、帰ってない故郷に帰ろうということになった。何よりも、会わなければいけない人がいる。それは、トニーの母親であり、ヘインズの元恋人であったドロシーだ。二十年ぶりの再会になる。そして、それは実につら過ぎる再会となる。しかし、自らの責任として、しっかりと彼女にことの経緯を伝えないといけない。
「沖縄には、そのあと戻ってくるつもりか?」
と龍司はヘインズに訊いた。
「さあな、今のところ、私は海兵隊を辞めるつもりはない。しかし、考えなければいけないことはたくさんある。ドロシーと会って、すべきことをして、じっくり考えるつもりだ」
ヘインズは、深く落ち込んだ表情でそう言った。すでに電話と手紙でドロシーにトニーの死は知らせた。あとはトニーの遺体をドロシーのところに運び、どのようにして死んだのかを説明しなければいけないのだ。きっとドロシーは怒り狂うに決まっている。だからこそ、電話や手紙ではなく、きちんと自分の口から話したいとヘインズは思っているのだ。
存在さえ知らなかった父親と偶然にも再会したというのに、その父親が追い詰めて殺す結果になったとは。幸か不幸か、その人が実の父親であったことを知らないまま死んでしまった。
「結局、この海に滑走路ができることになったことは知っているだろう?」
「ああ」
「あんたの国の勝ちだな」
「だが、沖縄の人は怒り心頭だろう。私たちはますます憎まれるな」
「ふん、そうはいっても、俺はあんたとあんたの国を憎めないよ。それだけ、俺たち日本人はアメリカという国に親しんでいるんだ。ハリウッド映画とか、インターネットとか、ディズニーランドとか、そういうソフトパワーで憎めないようにさせられている。だから、今度のことでも、日米の関係は変わらないだろうな」
「ほう、そりゃ驚きだ。世界中からアメリカは嫌われているものだと思っていたが、日本では、そうではないんだな」
「ああ、原爆落とされ戦争に負けて憎んだけど、その後、民主主義を教えられ経済復興を手助けしてもらい、国を守って貰った歴史があるからな」
「君はどうするつもりなんだ? 抵抗はしないのか」
「するつもりさ。俺と俺の仲間は、相も変わらず、いやそれ以上に反対だ。政府が何を決めようが絶対に造らせない」
「そうか、しかし、簡単ではないんだろう」
「ああ、いっそのこと、日本とアメリカが、もう一度戦争するかと思うぐらい、国をあげてあんたらに反発が起こればいいんだけど。そうすれば、普天間とか辺奈古とか沖縄どころではなく、日本にある米軍基地を全て追い出せという気運が高まるぐらいでないと、この問題は解決できっこない。そのくらい根が深いんだ。しかし、それでも俺はやる」
龍司が、そう声を荒げて言うと、ヘインズは、にんまりして、
「何にせよ。頑張れよ。俺は何の助けにもなってやれないが、幸運を祈るよ」
と言った。
八月
ボーリング調査の再開が発表された。政権交代以来、環境アセスメント調査は、移設先変更の可能性があったため中止されていたが、辺奈古に結局、舞い戻ったため、再開の運びとなった。
ボーリング調査の作業船が、海に来るという知らせを聞いて、沖縄県内外の反基地及び環境保護活動家が集合し、作業阻止行動を開始した。