君の名前
第3章 おめでとう
それから1年が過ぎた。今日は秋晴れの大安。衣美華は綺麗なドレスを着て出かけて行った。行先は武士と加奈子の結婚披露宴が行われるホテルである。筝曲の名家の一人娘の披露宴とあって、会場には著名な関係者の顔がそこかしこに見られた。小さなステージには立派なお琴が準備されている。きっと誰かが筝曲を披露するのだろう。
1年前のあのときから、武士と加奈子の付き合いは驚くほど順調に進んだ。二人はフィーリングもうまく合い、筝曲と和服という点でも利害関係が一致した。おまけに武士が婿に入り、琴尾の姓を継ぐことになったことも、この出会いがうまくいった大きな要素のひとつであった。
衣美華は若干複雑な思いを持ちながらも、二人を祝福した。壇上の花婿に以前プロポーズされた別の女性がこの会場にいるなんてことは、ここにいる招待者に知る由もない。披露宴は型どおり進行し、余興の時間になった。加奈子の父親の教え子たちが壇上で琴の演奏を始めた。
加奈子の親族たちは、琴の演奏を聴きながら暫くは続くであろう琴尾家の安泰に安堵した。一方武士の親族といえば、琴の演奏者の着物が全て自分たちの親族の呉服問屋からの提供であることに満足感を持つことができた。
それぞれの両親への花束贈呈が始まった。披露宴で最も感動的な場面である。にこやかに拍手を送るものもいれば、目頭にハンカチを当てる者もいる。そして最後に花婿よりお礼の挨拶が始まった。衣美華は温かい眼差しでその挨拶を聴いた。でも心の中でこう言わずにはいられなかった。
「武士さん、おめでとう。今日からあなたは琴尾武士ね。でね、琴尾武士を逆から読んでみてよ。“シケた男”なの。琴尾武士はシケた男、回文よ、面白いでしょ?」
そして加奈子にもこうつぶやいた。
「加奈子、おめでとう。やっぱり名前って重要よね」
(おわり)