扉を開けたメール
迷惑メール
CADエンジニア見習いの花山慶喜の携帯電話に、その携帯メールがきたのは、晩秋の或る日の正午前、仕事中のことだった。
「突然でご免なさい。お願いします。わたしを助けて!もう、何年も、この部屋に閉じ込められています。何も悪いことはしていないのに、どうしてこんなに辛い日々に、耐えなければいけないの!お願いします。一刻も早く、わたしを助けてください」
そのメールが気になり、急いで食事を済ませた花山は、社員食堂から飛び出すと階段を駆け降り、勤め先の社屋の近くに在る川沿いの公園へ走った。彼は慌てて返信をした。
「こんにちは。おかしなメールですね。あなたは誰なのですか?名前を教えてください」
五分余り待つと、返信が届いたことを報らせるメロディーが、彼の携帯電話から鳴り始めた。
花山は着信メールを確認した。
「どうか見捨てないでください。自分の名前も年齢も、わたしにはわかりません。性別は女です。髪は凄く長くのびています。テレビに映すと、少し可愛いかも知れません。
誰かがわたしを、この部屋に閉じ込めています。何年も、何年も、一つの部屋から
出ることができないの。お願い!わたしを、ここから出してください」
午後六時に仕事が終わり、私服に着替えて屋外に出たとき、花山は切っていた携帯電話の電源を入れてみた。するとまた、懲りずに着信していた。花山は午後三時の休憩のときにも見ようと思ったが、仕事に影響するのを恐れてそれはしなかった。
「あなたは誰ですか?なぜでしょうか。あなたはいいひとじゃないかと、思っています。助けてください。助けて頂いても、お礼はできません。でも、助けてください。どうかお願いです。我慢の限界を感じています」
少し肌寒い風の中、それを読みながらバス停まで歩いた花山は、バスの中では仕方なく電源を切った。