一期一会
湯けむり
諏訪湖サービスエリア内には温泉施設があったのだが、しのぶは用事を済ませてからどこかで入りたいと云った。
高性能の車が迅速に本線車道に合流して間もなく、岡谷ジャンクションからの通勤の車が多い長野自動車道に入った。騒音が渦巻く長いトンネルにうんざりした後に開けた展望は、
開放的で広大な田園風景だった。その奥の北アルプス、常念岳を始めとする峰々は、
夏の朝の雲に覆われていた。朝のラッシュで渋滞する松本市内の一般道路におりたのは、
午前八時半頃だった。東京の渋滞とは少し異なり、完全に動かない渋滞である。しかし、動きだすと意外に流れ、また暫くは止まってしまう。
その繰り返しから脱出するには、脇道に逃れるしかなかった。早川は多少は土地勘があったので、かなり以前に通った農道を思い出して左折した。
視野一杯に広がる水田の稲穂の明るい緑を、朝の新鮮な光が眩く煌めかせていた。
勿論それは大げさなのだが、この心ときめかせる風景を見るために、今日まで生きて来たのだと、早川は興奮しながら想った。
写真を撮りたいという欲求が暴れる心を抑えながら、早川は最適な速度を心がけながら車を走らせた。突然急カーブになったり、不意の合流があるので気を抜けなかった。