一期一会
「あっ、これおいしいのよね。ありがとうございます。優しいんですね。でも、お金は使わないでください」
「この程度で夕食のお礼にするのはせこいけど、久しぶりにおいしい食事でした。休日はインスタントラーメンばかりだし、仕事の日は安い牛丼ばかりですからね」
「早く景気が良くなるといいですね。仕事を変えたくなるでしょう」
「今は普通の会社に転職できるのが二十代まででしょう。だから、タクシーの乗務員だけは増えています。東大出の乗務員もいるらしいですね」
「新卒だって就職できない人も多いらしいです」
「まさかと思うような世の中になりましたね」
「それでも、生きて行ければね。いつかはいいときが来ると思うわ」
「今はね。幸運だと思っているんです。毎日都内を走っていると、無性に山を見たくなるんです。鮮やかな緑の田んぼが広がって、その奥に蒼い山々が見えている。そういう風景に憧れていました。もう、何年もずっと、そればかり夢見ていました。それが明日実現する。嬉しいですね。ありがたいことです。忍田さんに感謝しています」