ゴウヤクと愉快な -序-
『炎の英雄』はその子供(ゴウヤクの孫)が幼い頃に他界している。その伴侶は心神喪失状態で子育てが十分に出来るような状態ではなかった。
「私のところは、当たり前ですが『風』や『炎』の活躍が目立つものでした。孫達は『あのコ』が正常な時には『あのコ』の知っている話も聞いていたようです」
ゴウヤクの出身地は『風の街(都市)』近くにある『炎の部族』の村だった。
「『あのコ』って…あぁ」
「ふふ…」
前述のゴウヤクの子『炎の英雄』の伴侶のこと。
「『あのコ』も私同様旅をしていましたから、あのコが幼い頃から聞いていた純粋な『水の部族』に伝わるものとは違ったかもしれませね」
「旅しているといろんな情報入って、自分のオリジナルも忘れる時有るよな」
無王が知っているものといえば…
「そもそも貴方に『オリジナル』が有るかも知りませんけどね、私は」
「……」
人間の間に伝わる話で聞いたことがあるものは順列なく情報として蓄積されている。
無王にとって、たしかに『オリジナル』の人間の間に伝わる創世話など無いかもしれない。
実のところ、人間に伝わる話だけでなく事実も無王はちゃんとは知らない。
精霊王達と違い『人間の上に立つ王』なのでそれで良いということらしいのだが。
分かっているのは、精霊王よりも上の存在があるということだけ。無王はその存在自体をはっきりとは知らないし、なんと呼べば良いのか分からないために『上』と仮称している。
ゴウヤクの方が知っている。
「良い天気ですね〜」
ふとゴウヤクに聞いてみようと思って振り向くと、ゴウヤクも察したのかフイと空を見上げた。
水平線まで殆ど雲も無い。
「こんな時に暇ならば、剣の鍛錬でもしたらいかがですか?」
言う気など更々無いことを気配放つる。
「…分かった」
『部族の民』であるゴウヤクと違い『束縛無き民』である無王は肉体の鍛錬を怠るとすぐに肉体の機能も劣化してしまう。
『束縛無き民』とは束縛されない代わりに世界についての情報も得られないのかと思うと少し自分を含めて哀れだった。
作品名:ゴウヤクと愉快な -序- 作家名:吉 朋