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タマ与太郎
タマ与太郎
novelistID. 38084
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誕生日のシンデレラ

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第1章 ドライブ



春の湘南海岸はまだ人もまばらだ。
134号線も休みの土曜日にしては車の数は心なしか少ない。
海を右手に見ながらハンドルを握る利夫は、20年前とは様変わりした道路沿いの風景に戸惑いながらも、助手席の搭乗者とのドライブを心から楽しんでいる。

「この道はね、よくママと二人でこうしてドライブしたんだよ」
「へ~、パパがママを誘ってデートしたの?」
「そうだよ、まだ亜木がこの世に生れてくるずっと前の話だけどね」
「ママはかわいかった?」
「ああ。かわいかったよ」
「亜木とどっちがかわいい?」
「ははは、そういう質問には答えられないな」

助手席に座るのは、中学1年生の女の子。
別れた妻、麻衣子との間にできた一人娘の亜木だ。
1年ぶりに会う愛娘は、幼さを残しながらも少しづつ少女に近づいているように感じた。

「ほら、あそこにレストランが見えるだろう?」

利夫は左手前方を指さしながら亜木にそう言った。

「あのレストラン、ずっと前からあってね、よくママと食事したんだ」
「ママと何を食べたの?」
「ハンバーグとか、スパゲティとかね」
「そういえば、パパが作るスパゲティ、また食べたいなあ」

利夫は料理が得意だ。
家族3人で暮らす時も、週末は利夫がよく料理をした。
中でもパスタのレパートリーは広く、家族にも好評だった。

車は平塚市と茅ヶ崎市を分ける相模川に架かる大きな橋にさしかかった。
以前はこの橋も1車線でよく渋滞していた。
今では橋も新しくなり、車線も増えて快適なドライブが楽しめる。

「音楽でも流そうか」

利夫はそう言ってCDをセットした。

「あ、ママが大好きなサザンだ」
「パパだって好きだよ。カラオケに行くとよく歌うんだ」

それは悲しい嘘だった。
一人になってからはカラオケはもちろん、外に飲みに行くことさえほとんどなくなった。
家族3人でカラオケに行っていた時のことを、利夫はまるで昨日のことのように話したかっただけだった。

「ほら、これかわいいでしょ?」

亜木は自分の髪の毛を一つに結んでいる髪飾りを指さして、誇らしげにそう言った。

「ママにもらったの」
「ホントだ、すごくかわいい」
「このピンク色の貝殻がかわいくて好きなんだ」
「いいなあ、亜木によく似合ってるよ。ママに買ってもらったの?」
「ううん、ママが前から持っていたものを亜木にくれたの」
「そうか」
「ママも大切にしていたんだけど、『今日パパに会うからこれ着けて行きなさい』って」

スピーカーからはサザンオールスターズの ”SEA SIDE WOMAN BLUES” が流れてきた。
ハワイアン風のスチールギターと3連のリズムが心地よい。
詩の内容もこの湘南を歌ったもので、利夫のお気に入りのナンバーである。

「パパこの歌大好きなんだ」

利夫がそう呟くと、亜木も楽しそうに聞き入っている。

「ねえ、今のところどういう意味?」
「え、何が?」

亜木は意味がわからないと言ったところを歌って見せた。

「♪愛という字は真心で、恋という字は下心♪」
「ははは、”愛”と”恋”の漢字を思い出してごらん」
「うん、思い出した」
「心という字が、愛は真ん中に、恋は下に付いてるだろ。」
「ああ、なるほどね。恋の段階ではまだ下心があるってこと?」
「まあそういうことかな」

利夫は亜木が「下心」という意味を知っていることがわかり、ちょっぴり驚いた。
それと同時にこんな話ができるようになった娘と少し距離ができたような気もした。

車は辻堂を通過し、鵠沼海岸のあたりに差し掛かった。
このあたりは真夏ともなれば渋滞のメッカである。
若いころは麻衣子を助手席に乗せ、たわいもないお喋りをしていれば渋滞など苦にならなかった。
今はこうして娘とドライブをしながら、同じように時間が経つのを忘れている自分が不思議に思えた。

思えば娘と会うのは1年ぶりだった。
ランドセルをしょってる姿しか見ていない利夫にとって、中学生になって制服を着て学生カバンを持つ娘の姿はなかなか想像できなかった。

亜木の横顔を見ながら、麻衣子に似てきたな、と思うと利夫はひとつ小さなため息をついた。


作品名:誕生日のシンデレラ 作家名:タマ与太郎