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The El Andile Vision 第4章 Ep. 6

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第4章「転変」---Episode.6 悪魔の意志



 悲鳴が上がる。
 周囲の人々から――同時に、イサスをめがけて最初に襲いかかった当のアルゴン騎兵から。
 最初に騎兵が振り上げた剣の下をかいくぐり、イサスは下から小刀を突き上げた。
 その一閃が、騎兵の喉元を掠め過ぎ、男はよろめきながら何とか後ろへ逃げた。
「こいつ……!」
 さらに別の騎兵が剣を振りかざして少年に向かっていく。
 その重い剣戟を小さな刃でかろうじて受け返しながら、イサスは敏捷に身を交わして移動していった。
(……体が、元のように動く……?)
 彼は騎兵たちと交戦しながら、一方で不思議な思いに捉われていた。
 ついこの間まで、無理をして動かしていたとはいうものの、やはり以前と比べると、体の動きは格段に鈍くなっていた。
 無論、負傷していることにその原因があったのだが、思い通りにならない手足の動きに加えて、それに伴う激しい痛みが彼を絶えず苦しめていた。
 それが、今はそのような障害を全くといってよいほど感じない。
 むしろ以前よりも体の動きが軽やかになっている感すらある。
 何よりも……あれほど彼を苛んだ痛みが、きれいに消えてしまっている。
(これは、一体どういうことなんだ……?)
 彼は嬉しいと思うよりも、理に合わぬ自分の体の変調に対して、漠然とした不安を感じずにはおれなかった。
 目をやると、やはり胸元から白い包帯が痛々しく覗いている。
 そして、動くたびに、心臓の鼓動が激しく動悸しているのもはっきりと感じられる。
 ただ――そこに当然あるべき痛みの感覚が伴わないだけだ。
 なぜ……?
 まるで、自分の体ではないかのように。
 イサスの中に急速に渦巻く不安と怖れ。
 彼はそれでも取り敢えず、目の前の騎兵たちと戦うしかなかった。
 騎兵たちの剣が舞い上がり、さらにイサスに襲いかかってくる。
 何度か刃を交わすうちに、遂に背後から繰り出された一撃がイサスの顔のすぐ横を危ういところで掠めていった。
 彼はそれをよけながら、横転し、いったん地に膝をついた。
 それでも何とか態勢を立て直し、すぐに次の刃から、身を交わす。
 頬に微かな痛みが走った。
 先程の刃が掠めた際に、彼の右頬をほんの僅かに切っていたのだ。
 血の滴がゆっくりと頬を伝い落ちていく。
 彼は思わず手でそれを拭った。
 手の甲にべっとりと付着した赤い血の色を見たその瞬間、イサスは突然、全身に強い衝撃が突き上げてくるのを感じた。
(……あっ……!)
 彼は声にならない声を上げた。
 その突き抜けていく衝撃が彼の全身の感覚を一時麻痺させたかのようだった。
 体の奥の方で、何かが蠢く気配。
 本能が強い警告を発していた。
「――駄目だ……来るな……!」
 誰にともなく、彼は気が違ったかのように叫んでいた。
 心臓の鼓動が急激に高まった。
 そのあまりの打ちつける動悸の激しさに、今にも心臓が破裂してしまうのではないかと思うほどであった。
 彼は立っていることができず、その場に崩折れた。
 地面に手をつき、何とか半身を支えようとするが、呼吸が乱れ、おまけに頭の芯が激しく痛む。
 ――おまえは……誰だ……?
 彼はくらくらする頭を必死で支えながら、心の中で、どこへともなく問いかける。
 彼自身の内に確かに存在する、その何ものかに向かって……。
 ――誰なんだ……!
(――殺せ)
 その声は突如、大きく強く彼の鼓膜を貫いた。
 明らかに、彼を支配しようとする、強制の響き。
(――すべて、殺せ……!)
 ――や……めろ……!
「……やめろ――!」
 イサスは呻くように、叫んだ。
 彼は両手で耳を押さえて、うずくまった。
 ――いつの間にか周囲の剣戟は止んでいた。
 騎兵たちは剣を宙に止めたまま、驚いたようにイサスを凝視している。
 それはやや離れたところで見守っていたモルディ・ルハトも、そして、他の者たち――サウロ・クライヴを始めとする、心配そうに周りを取り囲んでいた面々も同様であった。
「イサ……?」
 レトウとティランも剣を持つ手を止め、イサスを見つめている。
「どうしたんだよ、イサ……?」
 レトウは不安げな面持ちで、イサスにそっと声をかけた。
 イサスの動きがぴたりと止まった。
 地面に膝をついたまま、彼は身じろぎもしない。
 視線はただ、じっと地の下を見つめている。
「……イサ――!」
 たまりかねたように、レトウはイサスの傍に駆け寄り、その背に手をかけた。
 その瞬間――
 イサスの体が跳ね上がった。
 と共に、その体の下から、鋭い刃が凄まじい速度で繰り出される。
「うわっ……!」
 レトウは危うくその刃に貫かれそうになるのを必死でよけながら、後方へ跳ね飛んだ。
「おっかねえ……!」
 たった今起こったことがとても信じられぬといった風に、レトウは、呆然と目を見開いたまま、目の前の少年へ視線を戻した。
 額からじわりと汗が滲む。
「おい、イサ!どういうことなんだよ、ええ?俺を殺す気……」
 彼は怒鳴りかけたが、その時目を上げたイサスの顔つきを見て、はたと口を閉ざした。
 ――な、何だ……こいつ……?
 それを見た瞬間、レトウは、ぞっとその場に凍りついた。
 それは――彼が、それまで見たことのない、イサス・ライヴァーの顔だった。
 凍るような冴え冴えとした黒い瞳が、初めて見るもののように、真っ直ぐレトウを見返す。
 そこには先程までの、あの燃え立つような、野性の獣を思わす生き生きとした焔の片鱗は微塵も見られない。
 ただ、全く生気を感じさせない、感情の抜け落ちた無機質な表情が彼の面を覆っている。
 そこにあるのは……殺意。
 ただ、殺意のみ、であった。
(――ち…がう……)
(こいつは……イサじゃない……!)
 レトウは愕然と立ちすくんだ。
 じわりとゆえしらぬ恐怖が彼の身を駆け上っていく。
 『黒い狼』の首領イサス・ライヴァー。
 その瞳に凍りつくような殺意を漲らせ、敵を容赦なく切り伏せたあの颯爽たるイサス・ライヴァーの姿をよく知っているレトウであったが、それでも今目の前にいる彼の姿は異常に思えた。
 ――何かが、違うのだ。
 それが、何なのか。
 彼にははっきりと説明することができなかったが、とにかく彼が、いつものイサス・ライヴァーでないことだけは確かだった。
「……すべて……殺す……」
 その時、イサスが低く呟くのが聞こえた。
 その声を聞いて、レトウはさらに硬直した。
 乾いた、無機質な声……。
 イサスの声であって、イサスの声ではないかのような、その寒々とした口調……。
 人間の吐き出す音声とは、どこかが、違う――。
 イサスは静かに立ち上がった。
 その小刀を握る手が微かな動きを示す。
 それを見て、ようやく周囲の騎兵たちが我に返り、身構えた。
「……ええい、何をもたもたしている!早く取り押さえろ!」
 モルディ・ルハトが後ろから大声を上げた。
 それが合図となって、騎兵たちがいっせいに動き始めた。
(――何か、おかしい……!)
 レトウの中で、確信が強まった。
「ま、待て……やめろ……!」
 レトウは慌てて制止の声をかけたが、既に彼らの耳には届いていなかった。