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佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
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『It’s Only a Paper Moon』

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すぐ前の5階建てぐらいのマンションの、上の方のベランダに逆光に立つ影を、一瞬の振り返りで見た。もろもろ状態をそのままにしつつ、態勢を整え、ベルトの締めは無視しつつ、車に走り、出発した。もう盗人の気分で逃げた。‘物盗り’ではなく‘物置き’だが、小さな犯罪には間違いがない。犬ですら怒られるのに。仕方がないさ。背に腹はかえられぬ。アクセル、ブレーキ、クラッチを踏む度に、身体のある一部に冷たい違和感を覚えながら走った。高速道路の下を走り抜け、暗い広い空の下に出た。横を見れば草の茂った空き地があるではないか。「ここまで来られたら良かったのにね」。前方の漆黒の空に黄色い、黄色いお月さまがこっちを向き、そう言いながら笑っていた。苦笑いに見えなくもないが、お月さまは表情を少しずつ変えて、いつの間にか何処かへ消えてしまった。わたしは、下手な口笛で'It’s only a paper moon’を嘯き(うそぶき)ながら吹いていた。気づけば車内の空気が悪くなったので窓を開けてみた。心なしか口笛の音がが小さくなった。

(了)