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拝み屋 葵 【伍】 ― 薫陶成性 ―

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 『母娘で楽しむ着まわし術』
 見開きで大きく書かれた文字が、葵の目に飛び込んだ。
 葵に母はいない。
 生物学上の“母”にあたる人物ならば、この世のどこかに存在している、もしくは存在していたのだろうが、葵はその存在を認識していない。認識していない存在は、“無い”と限りなく同義だ。
「家族は、いないのかい?」
 葵の機微を感じ取った英は、敢えてその奥に踏み込む。
 わざわざ訊ねなくとも察していることではあったが、英を含めた三妖と葵との関係は、触れずに済ませられるほどの短い期間で終わるような関係でもなかった。
「両親のことは、何も知らへん。兄弟姉妹、親戚、なぁ〜んにも」
 葵は再び頁を捲る。
 次の頁も、その次の頁でも、母娘の特集が続いていた。
 歳の離れた二人の女性が腕を組み、笑いながら歩いている様子を写したものだ。二人は同じ服に袖を通しているが、上着や靴、その他のアクセサリー類との組み合わせにより、それぞれの年齢に見合った服装になっている。
 葵は、この二人のモデルは本当の母娘なのだろうと思った。
「知りたいとは思わないのかい?」
「食人鬼に襲われたときに“美味そうな人間の女のニオイ”やと言われたさかい、ウチが人間の女であることは間違いなさそうや。……それだけで、ええねん」
 葵はそれ以上の言葉を紡がず、話を続けることはなかった。
 数瞬の沈黙が流れる。
 テレビ画面に映しだされた映像とスピーカーを震わす噺とは、確かにそこに在りながらも、そこには存在せぬものとなった。

「おれたちが――」
「わしらが――」
「あたしらが――」

 ――家族になるよ。

 唐突、何の脈絡も無く湧き出た言葉。
 しかしそれは、予定調和であるかのように、当然の帰結として、ゆっくりと、ゆっくりと染み込んでいった。

「おおきに」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。

 ― 『唯在』 了 ―