三剣の邂逅
3
翌朝、宿の廊下を通る人々の話し声にライアが目を覚ました時、太陽はいつもより、かなり高い位置にあった。
「いっけない!」
慌てて身支度を始める。ライアは農家の娘だけあって、朝には強い。日が昇る少し前に、誰に起こされることなく起きられるし、寝起きもいい。だが、ここ最近は環境の変化と慣れない心労もあり、眠れない夜が続いた。昨夜は兄の手がかりを掴み安心したのだろうか、久しぶりにぐっすり眠れたのだが、どうも寝すぎてしまったようだ。
しかし、慌ててクローブの部屋の扉を叩くと、なんと彼も起きたばかりだった。原因は、昨夜の遊廓での酒の飲みすぎ。要は、二日酔いだ。
とりあえず手短に支度を済ませてきたクローブと共に、二人は宿屋の一階にある食堂で、いつもより少し遅めの朝食についた。
食事をしながら、今日のバーガス訪問についていろいろと話しているところに、出かけていたらしいカナリが帰ってきた。
朝の、のんびりとした雰囲気に似つかわしくないほどの勢いで扉を開けた彼女は、傍目にもわかるほど動揺している。
まっすぐ二人のところに走ってくると、乱暴にその腕を掴んだ。
「二人とも、ちょっと来て!」
驚くライアとクローブを、無理矢理食卓から引き離す。二人をクローブの部屋へと押し込むと、カナリは内鍵をかけ、緊張した面持ちで振り返った。
「大変よ! 今朝、事件があったの。二人とも、アストロン橋って知ってる?」
「大通り沿いをちょっと行った所にある橋のことか?」
クローブが窓の方に目を向けた。ランディの情報を得ようと動き回った結果、このあたりの土地勘はそこそこにできている。
「そう、そこ。そこでね、男の死体が見つかったのよ」
「死体?」
二人は同時に、驚きの声を上げた。
「うん! しかも殺人かもしれないって。それで、ジムが朝早く皆で見に行かないかって誘いに来たの。それで行ってきたんだけど……そこで大変なもの見つけちゃったのよ!」
カナリは意気込んで、スカートのポケットに入れた手を引き抜いた。
シャラン。乾いた音がして現れたのは、ライアのものと同じ、金色のペンダントだった。
「カナリ、それ……」
信じられないというように目を見開いているライアに、カナリはペンダントを手渡した。
「兄さんのだわ。間違いない。これを……どこで?」
ライアの声は震えている。
「それね、さっき見に行った死体の側で見つけたの。正確には、死体があった橋の真下にある草村で」
ライアとクローブは息を呑んだ。
「おい、まさか殺されたのって」
クローブの言葉と同時に、ライアの頭の中で、兄の姿がはじけた。
「そんな……いやっ!」
二人の反応を見たカナリが、慌てて首を振った。
「ああ違うの、ちょっと待って! まだ続きがあるから」
「続き?」
ライアが半泣きになりながら聞き返し、クローブが苛立たしげに叫んだ。
「なんなんだ、はっきりしろ!」
「どならないでよ! あたしだって混乱してるんだから!」
カナリは、懸命に頭を整理するように一息ついてから、話し出した。
「まず、殺されたのはライア姉さんの兄さんじゃないから安心して」
「本当……に?」
恐る恐る尋ねるライアに、カナリは、はっきりと首を縦に振った。
「よかった……」
ライアが脱力したように肩から力を抜いたが、クローブは意外そうな顔をした。
「なんだ? じゃあ、さっきのペンダントっていうのは、一体なんだったんだ?」
クローブにつられてライアもカナリに視線を向けた。確かに、殺されたのが兄でなかったのだとしたら、あのペンダントは一体どうしたのだろう。
「だから、順を追って説明するから」
不思議そうな二人の視線を受けて、カナリはゆっくりと口を開いた。
「まず、殺されていたのは、現国王直属軍の副司令官。ライア姉さんたちが会おうとしていた人だよ」
「!」
二人は驚いて、一瞬声が出なかった。
「バーガス=トラメットか」
クローブが呻くように呟いた。
「うそ、どうして?」
ライアも呆然とカナリを見返した。
殺されたのが兄でなかったことは、どんなに神に感謝してもしきれない。
だが、殺されたのが、その兄の情報を知るのに一番有力だったバーガスだと聞かされては、心に重くのしかかるものがある。一歩近づいたと思った兄への道は、たった一晩で、振り出しに戻ってしまったのだ。
「おい、ちょっと待て」
肩を落としたライアの横で、何やら考え込んでいたクローブが、勢いよく顔を上げた。
「カナリ、そのペンダント、バーガスの死体の側で見つけたって言わなかったか」
クローブの言葉に、ライアははっとしてカナリを見つめた。
「えっ、それって、まさか」
ライアは急に不吉な予感に苛まれ出した。カナリが言っていた「大変」の本当の意味。
死体の側に落ちていて、かつそれが被害者のものでないとすれば、その出所は言わずと限られてくる。いわゆる、証拠物件というものだ。
「まさか……兄さんが?」
掠れた声で隣のクローブに目を向ける。クローブは、険しい顔でカナリを見つめた。
「もっと詳しく話してくれ」
カナリの話によると、バーガスは、大通り沿いの先にある、アストロン橋という橋の袂で殺されていたのだそうだ。この橋は、名前の割にはさほど大きなものではなく、町中を流れているレイという細い川に渡してある。
死因は、剣による出血死。といっても、長剣でばっさりやられたというよりは、中、あるいは短剣で、グサリとやられたような傷口。それが心の臓に近かったため、出血多量が直接の原因ではないかというのが、駆けつけた町医者の判断だそうだ。事件があったのがほぼ深夜で、発見が遅れたのも致命的らしい。
カナリたちが現場に辿り着いた時、ちょうど、国の軍曹が死体を引き取りに来たところだったという。本来なら家族に引き渡されるのが普通だが、地位が地位だけに、城でしっかりとした検死を行うことにしたのだろう。
死体にはすでに近づくことができなくなっていたため、カナリたちもはじめは、集まった野次馬の会話から、事件のことを知ろうとした。町医者の見聞もこの時のものだという。
そのうち、ジムがこっそり橋の下に回り込もうと言い出した。橋の下は細く草村になっていて、大人は無理だが、小柄なカナリたちなら、なんとか通ることができる。そこまで近づければ、軍曹たちの会話も聞こえるかもしれないというのだ。
実際は、下に回り込むと、今度は川のせせらぎと当の橋が邪魔をして、ほとんど何も聞くことは出来なかった。半ば諦めかけたその時、潜り込んでいた草村に、光るペンダントを発見したというわけだ。
「……………………」
カナリの話を聞き終えても、二人は、まだ頭の整理ができなかった。
大の男のランディが、その草村を通ったとは考え難い。というか、カナリに言わせれば不可能だそうだ。そうなると、ペンダントは、橋の上から落ちたと考えるのが、最も自然だ。そう、例えば、被害者ともみ合っている時などに。
つまり、この話を聞く限りでは、今回の事件に、ランディがなんらかの形で関っている可能性が浮上してきたということになる。
翌朝、宿の廊下を通る人々の話し声にライアが目を覚ました時、太陽はいつもより、かなり高い位置にあった。
「いっけない!」
慌てて身支度を始める。ライアは農家の娘だけあって、朝には強い。日が昇る少し前に、誰に起こされることなく起きられるし、寝起きもいい。だが、ここ最近は環境の変化と慣れない心労もあり、眠れない夜が続いた。昨夜は兄の手がかりを掴み安心したのだろうか、久しぶりにぐっすり眠れたのだが、どうも寝すぎてしまったようだ。
しかし、慌ててクローブの部屋の扉を叩くと、なんと彼も起きたばかりだった。原因は、昨夜の遊廓での酒の飲みすぎ。要は、二日酔いだ。
とりあえず手短に支度を済ませてきたクローブと共に、二人は宿屋の一階にある食堂で、いつもより少し遅めの朝食についた。
食事をしながら、今日のバーガス訪問についていろいろと話しているところに、出かけていたらしいカナリが帰ってきた。
朝の、のんびりとした雰囲気に似つかわしくないほどの勢いで扉を開けた彼女は、傍目にもわかるほど動揺している。
まっすぐ二人のところに走ってくると、乱暴にその腕を掴んだ。
「二人とも、ちょっと来て!」
驚くライアとクローブを、無理矢理食卓から引き離す。二人をクローブの部屋へと押し込むと、カナリは内鍵をかけ、緊張した面持ちで振り返った。
「大変よ! 今朝、事件があったの。二人とも、アストロン橋って知ってる?」
「大通り沿いをちょっと行った所にある橋のことか?」
クローブが窓の方に目を向けた。ランディの情報を得ようと動き回った結果、このあたりの土地勘はそこそこにできている。
「そう、そこ。そこでね、男の死体が見つかったのよ」
「死体?」
二人は同時に、驚きの声を上げた。
「うん! しかも殺人かもしれないって。それで、ジムが朝早く皆で見に行かないかって誘いに来たの。それで行ってきたんだけど……そこで大変なもの見つけちゃったのよ!」
カナリは意気込んで、スカートのポケットに入れた手を引き抜いた。
シャラン。乾いた音がして現れたのは、ライアのものと同じ、金色のペンダントだった。
「カナリ、それ……」
信じられないというように目を見開いているライアに、カナリはペンダントを手渡した。
「兄さんのだわ。間違いない。これを……どこで?」
ライアの声は震えている。
「それね、さっき見に行った死体の側で見つけたの。正確には、死体があった橋の真下にある草村で」
ライアとクローブは息を呑んだ。
「おい、まさか殺されたのって」
クローブの言葉と同時に、ライアの頭の中で、兄の姿がはじけた。
「そんな……いやっ!」
二人の反応を見たカナリが、慌てて首を振った。
「ああ違うの、ちょっと待って! まだ続きがあるから」
「続き?」
ライアが半泣きになりながら聞き返し、クローブが苛立たしげに叫んだ。
「なんなんだ、はっきりしろ!」
「どならないでよ! あたしだって混乱してるんだから!」
カナリは、懸命に頭を整理するように一息ついてから、話し出した。
「まず、殺されたのはライア姉さんの兄さんじゃないから安心して」
「本当……に?」
恐る恐る尋ねるライアに、カナリは、はっきりと首を縦に振った。
「よかった……」
ライアが脱力したように肩から力を抜いたが、クローブは意外そうな顔をした。
「なんだ? じゃあ、さっきのペンダントっていうのは、一体なんだったんだ?」
クローブにつられてライアもカナリに視線を向けた。確かに、殺されたのが兄でなかったのだとしたら、あのペンダントは一体どうしたのだろう。
「だから、順を追って説明するから」
不思議そうな二人の視線を受けて、カナリはゆっくりと口を開いた。
「まず、殺されていたのは、現国王直属軍の副司令官。ライア姉さんたちが会おうとしていた人だよ」
「!」
二人は驚いて、一瞬声が出なかった。
「バーガス=トラメットか」
クローブが呻くように呟いた。
「うそ、どうして?」
ライアも呆然とカナリを見返した。
殺されたのが兄でなかったことは、どんなに神に感謝してもしきれない。
だが、殺されたのが、その兄の情報を知るのに一番有力だったバーガスだと聞かされては、心に重くのしかかるものがある。一歩近づいたと思った兄への道は、たった一晩で、振り出しに戻ってしまったのだ。
「おい、ちょっと待て」
肩を落としたライアの横で、何やら考え込んでいたクローブが、勢いよく顔を上げた。
「カナリ、そのペンダント、バーガスの死体の側で見つけたって言わなかったか」
クローブの言葉に、ライアははっとしてカナリを見つめた。
「えっ、それって、まさか」
ライアは急に不吉な予感に苛まれ出した。カナリが言っていた「大変」の本当の意味。
死体の側に落ちていて、かつそれが被害者のものでないとすれば、その出所は言わずと限られてくる。いわゆる、証拠物件というものだ。
「まさか……兄さんが?」
掠れた声で隣のクローブに目を向ける。クローブは、険しい顔でカナリを見つめた。
「もっと詳しく話してくれ」
カナリの話によると、バーガスは、大通り沿いの先にある、アストロン橋という橋の袂で殺されていたのだそうだ。この橋は、名前の割にはさほど大きなものではなく、町中を流れているレイという細い川に渡してある。
死因は、剣による出血死。といっても、長剣でばっさりやられたというよりは、中、あるいは短剣で、グサリとやられたような傷口。それが心の臓に近かったため、出血多量が直接の原因ではないかというのが、駆けつけた町医者の判断だそうだ。事件があったのがほぼ深夜で、発見が遅れたのも致命的らしい。
カナリたちが現場に辿り着いた時、ちょうど、国の軍曹が死体を引き取りに来たところだったという。本来なら家族に引き渡されるのが普通だが、地位が地位だけに、城でしっかりとした検死を行うことにしたのだろう。
死体にはすでに近づくことができなくなっていたため、カナリたちもはじめは、集まった野次馬の会話から、事件のことを知ろうとした。町医者の見聞もこの時のものだという。
そのうち、ジムがこっそり橋の下に回り込もうと言い出した。橋の下は細く草村になっていて、大人は無理だが、小柄なカナリたちなら、なんとか通ることができる。そこまで近づければ、軍曹たちの会話も聞こえるかもしれないというのだ。
実際は、下に回り込むと、今度は川のせせらぎと当の橋が邪魔をして、ほとんど何も聞くことは出来なかった。半ば諦めかけたその時、潜り込んでいた草村に、光るペンダントを発見したというわけだ。
「……………………」
カナリの話を聞き終えても、二人は、まだ頭の整理ができなかった。
大の男のランディが、その草村を通ったとは考え難い。というか、カナリに言わせれば不可能だそうだ。そうなると、ペンダントは、橋の上から落ちたと考えるのが、最も自然だ。そう、例えば、被害者ともみ合っている時などに。
つまり、この話を聞く限りでは、今回の事件に、ランディがなんらかの形で関っている可能性が浮上してきたということになる。