狂言誘拐
亜矢子のことばに反応して警察官は手帳を出した。
「免許証がなければ住所と氏名をお願いします」
亜矢子は機関銃のような早口で住所氏名と、電話番号まで云った。
「もう一度ゆっくりとお願いできますか」
「ゆっくり云いましたよ。書き取れなかったのはそちらのミスです。あなたも住所と氏名と電話番号」
亜矢子のきつい表情にうろたえながら、中野も早口で云った。自分の声ではないような気がした。
「えっ?そんなに早く云ったら書けないよ!」
「わたしたちは住所氏名と、電話番号まで云いましたよ。これから急いで買い物をして、明日のために急いで帰ります。タクシーを待たせているから時間がかかるとタクシーの料金も高くなります。その分をあなたが出してくれるんですか!?行くわよ」
今度は亜矢子が中野の腕を掴んで歩きだした。警察官は舌打ちをして退散したようだったが、振り向くと待機中のタクシーの方へ移動して行くようだった。乗務員に何か質問するのだろうと、中野は思った。メーターは「支払い」になっていなかった。
スーパーの広い店内には数人の警備員の姿が見えた。現在の買い物客は中野と亜矢子だけらしい。恐らく、明け方のほうが客は多いのかも知れない。野菜類の目玉商品は大方売り切れ状態だった。やはり、入荷するのは朝なのかも知れない。