狂言誘拐
亜矢子は意味あり気に笑顔のまま、夜空を見上げた。
「中にビールの販売機があったわね。飲みたかったわ」
「そこに酒屋があるから買って帰りましょう」
「星が全然見えないのね」
「星空も、コンビニの灯りも見えません」
「でも、お弁当屋さんも酒屋さんもあるし、コインランドリーもあるじゃない。コンビニがなくても生活できるわね。ここは」
ほかにクリーニング店、焼き鳥屋、寿司屋、和菓子屋、八百屋、生花店などがその周辺にはあった。コインランドリーは銭湯の中にある。
酒屋で缶ビールを買って戻ったふたりは、とにかく頑張ろうなどと云い合いながら飲んだ。久しぶりに飲むビールは、中野の気分を高揚させた。
「そうだ。中野さんの小説を読ませてくださいよ」
亜矢子のそのことばは、まるで中野の心を読みとったように思えた。