狂言誘拐
「ここからコンビニは遠いんです。自転車でも四分かかります」
「近くにないの?そんなところがまだ、こんな都会にあったのね」
「ほんとうはすぐ近くに二軒ありました。それが同時につぶれたんです」
「そういうことって多いのかも。一軒だったらまだあった筈なのね」
「でも、おかしなところです。スーパーもすぐ近くにあったのに、ファーストフードの店と巨大なディスカウントの酒屋になってしまって……」
「結局、チェーン店ばかりになって行くのね……だけど、異常に長い信号待ちね」
云った直後に信号の色が変わり、ふたりは急いで歩いて行った。
「もう見えました。銭湯です」
「お弁当屋さんもあるじゃない」
その向かいの店のピンク色の大きな看板が、道路を明るく照らしている。
「そんなに安くはないけど、チェーン店にしてはまあまあの味です」
「歩いて二分だったら近いわね。常連なの?」
「前はそうでしたけど、最近は殆ど自炊です。超を重ねたいくらいの不景気ですからね」
履物を下足箱にしまって番号が彫り込まれている木札を抜き取り、ふたりは開いた自動ドアの向こうのフローリングの上に足を踏み入れて行った。
「おや、こんばんは。久しぶりですね」
挨拶したサラリーマン風のカウンターの中年男も、マスクを使用していた。その背後の掛け時計を見ると、午後九時を指している。