狂言誘拐
満開の桜並木
小野寺の黒塗りのボルボを運転して来たのは、中野だった。
「やっとウィンカーとワイパーを間違えなくなりましたね」
「高速に入るときにもワイパーが動き出したときは焦ったね」
中野はここに来るまでに、五回以上は間違えていた。タクシーは右側にウィンカーの操作レバーがあるのだが、この車は逆なのである。
「でも、走りがタクシーより全然いいね。リヤカーと人力車の違いだね」
「そうですか。リヤカーも人力車も、乗ったことありませんね」
「そう?私もそうだけどね」
「連絡しておいたから、門が開いてますね」
初老の守衛が頭を下げてから歩いて来た。
「こんにちは。先日は失礼しました。どうぞ、奥へ。駐車場は十四番のスペースをお使いください」
中野は何か引っかかるものを感じたが、
「はい。ありがとうございます」