狂言誘拐
教えられた番号の電話と通話しようとした。亜矢子の電話は電源が入っていないらしく、確認することはできなかった。
「……あの地震のとき、私は宮城に居たんだ」
「やっぱり、亜矢子さんと一緒だったんですか」
「詳しいことは、彼女から聞いてないんだな」
「はい!小野寺二等兵。いいことはなんに聞いておりません!」
「お前、ちょっとバカかも知れないと思っていたけど、正確に、ちょっとバカだな」
「中野さんはバカじゃないですね。バカには小説は書けませんからね」
「私は今、ほめられてるのか?」
「いえ、それは誤解です。小説は誰にでも書けます。誰だって辛いこと、哀しいこと、嬉しかったこと、愉しかったことを経験しています」
「そうか。それが本音だな。じゃあ、ここの払いはお前に独占させてやるよ。じゃあな!」
中野が立ちあがろうとすると、小野寺に腕を掴まれた。
「まあ、そう云わずに亜矢子さんの話をしましょう」
「彼女、私の小説のことを云ってたんだね?」
「小説より、絵をほめていました。素晴らしい作品ばかりだと云ってました。それでね、何か相談したいことがあるみたいでした」
「そうかぁ。相談したいことか。やっぱり、小説よりは、絵の方が見込みがあるってことかなぁ」