「レイコの青春」 10~12
「風俗店で働いているのは、ピンク嬢と呼ばれる女どもで、
わたしたちは、筋目正しい生粋のホステスです。
夜のまちで働いていると言うことだけで、
なんでも一緒にしないで頂戴ね。
わたしたちは、男の人に『媚び』は売るけれど、
身体は一切、売りません。
ぎりぎりまで、男たちを翻弄しながら、
長く引っ張るのが、わたしたちの仕事のテクニックなのよ。
教養もたくわえないでに、身体を売っているだけで
営業をしているピンク穣なんぞたちとは、
住む世界がまったく違いますから。」
「でも、男をたぶらかすのが、あなたたちの商売でしょう?」
「お願いだから言葉を選んで頂戴、レイコ。
文学部に入ったというのに、
ささる棘(とげ)だらけのある言葉をつかうわね。
相変らず、あんたって。
たぶらかすというのは、夜の世界では、駆け引きを使うと言う意味で、
男たちを引きつけて長引かせるための、高等な接客技術の一つです。
私たちは話題つくりのために、
毎朝、経済新聞の隅から隅まで目を通すし、
テレビのニュースも詳細に見て、
会話を深めるための努力を日常的にしているのよ。
それも全て、お店での会話と男たちとの駆け引きの大切な材料になるの。
第一、商売のために男に『媚び』を売っているだけで、
本気で惚れたりするもんか。
男なんか、もう、うんざりだもの。」
「出たわね、美千子の決まり文句が。
余りレイコをいじめないでネ、可哀想だから。
仕事と、保育と通信教育で、もう、くたくたのはずだから。」
幸子が助け船を出してくれました。
久し振りに喫茶店の片隅で、
顔を寄せ合せている旧友の3人です。
『純喫茶店』として数年前に誕生したこの大きな喫茶店は、
いつのまにか、地下のスペースが、同伴喫茶に変わりました。
この頃になると
全学連も衰退をして、反戦運動もすっかり下火になりました。
夢と目標を見失ってしまった学生たちが、キャンパスを離れ、
麻雀店やパチンコ店、同伴喫茶などに屯(たむろ)するように
変わってきました。
昼間から、性風俗店などへ出入りする姿なども
当たり前のように増えてきます。
70年代前半は、道徳と性の荒廃が急速な進行をみせた、
ある意味でのすさんだ時代です。
若者たちの間では、とどまることのない性の暴走と道徳の荒廃が
極めて深刻な形で進行をしました。
退廃の文化と、出口の見えないけだるさだけが、
巷にはびこるようになりました。
「いまどきの若い連中は・・・
恥じらいも知らずに、昼間から堂々と、
平気で同伴喫茶に潜り込むんだもの。
まったく時代も、ずいぶんと変わったもんだわねぇ」
「美千子さん、それって、
とても、22歳の女性の発言とは思えませんが。」
「悪かったわねぇ、レイコ。 どうせあたしは若年増だよ。
みんなは、遊び呆けている年頃だというのに、
わたしだけは、子育てで別世界に住んでいるんだもの。
どうせ、身から出た錆びで、
二人も子どものいるシングル・マザ―です。私は。
あ~あ、どこかにいい男でもいないかなぁ・・・」
「こらこら。、すこしは慎みなさい、美千子ったら。」
「あっ、いけない・・・思わず本音が出てしまったわ。」
高校を卒業以来、久々に休日が揃って
午後からの喫茶店で、ゆっくりと時間を過ごしているレイコと
美千子、幸子の3人です。
赤くなって苦笑する美千子の様子に2人とも、
思わず大きな声をたてて笑っています。
13へ、つづく
作品名:「レイコの青春」 10~12 作家名:落合順平