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黄昏の謳(1)

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ムーランルージュ Ⅰ

あーあー、本日は晴天ナリ。
辺り一面、昼下がりのそよ風に流れる眩しい芝生は、さながらエメラルドの海のよう。
俺がこの景色を一望するにあたって、登ってきた煉瓦造りの煤けた風車小屋と
水面に立つ彼女の朱を除いて、地平線の下は本当に辺り一面、緑一色だった。

「ここからでいいんすかね師匠、何個だよー!?」
「そうですね、出来る分だけ間髪入れずぶちまけてしまって構いませんよ」

傍らには、がっしりとした造りのカタパルトが備え付けられている。
防衛拠点の砦にあったとして、なんの遜色もない新鋭兵器だ。
ああ、そうかこいつでバシバシ打ち出せってわけね。
もうなにがあっても驚かねえよ。OKOK、イエス・マム。

およそ距離は上空6メートルくらいだろうか。
大窓に陣取って、「ロミオとジュリエット」みたいな位置関係で声を張り上げる俺と
海面に立つ忍者女の会話内容は、およそ色気のないものだった。
名前呼び捨てとかちゃん付けとか以前に師匠だぜ、師匠。

こっちはこんな大声で喋ってると咳き込みそうなのに、女の方はといえば、超音波じみた
高さの所謂「通る声」というやつで、ちっとも息を切らしたような様子は見せない。
けど、聞こえる。十分にバッチリシッカリハナ丸。内容キッチリ聞こえます。
不公平だよなあ、いや、あれはあれで内緒話がしづらくて不便するんだろうね。

――ソラリス・アステリア・ファン・バステン。それが彼女の名前。
肩口までの燃えるような赤毛とベージュのワンピースに、春色の上着が印象的だ。
この緑の中、増して風車小屋から見下ろす視界にあっては文字通りの紅一点。
その鮮烈な赤を、彼女自身の肌の青白さが更に際立たせている。

丁寧な物腰ではあるものの、幼い表情が八重歯をきらめかせてくるくる変わるから
当初俺の3、4つ上くらいかと思ったが、あれで今年30になるというから驚く。
はにかんだ笑顔なんかは特に、彼女の実年齢とイメージの遠いものだ。
素敵は素敵なお嬢さんなんだが、ちょいとばかり俺には年上過ぎる。

だって、もしも結婚したとして俺が30になる頃にゃ向こうは41かそこらだぜ。
経済的に余裕が出てきてから二人目、三人目を産んでもらって
賑やかな家庭を築きたい俺としては、譲れない部分が叶わない相手なのだ。
まあ、OK貰えるかどうかは別としてだけどさ。

閑話休題。そう、これはひと月ほど前から始めたお仕事。ビジネスだ。
私設軍隊とはいえ、これでついに念願の騎士稼業デビューが目の前にやってきた。

騎士精錬所を出て以来約半年、ここに来る前配達のバイトで身銭を稼いでいた俺は
担当としてソラリスを宛がわれ、リハビリがてら彼女の剣技を見学するため
街を抜け暴れるのに都合がいい郊外に連れ出されてきたというわけである。

屋敷の中のイロハを教わって、いよいよ研修も大詰め。
一通りが終わってから今日まで、自主訓練の筋トレばかりで辟易していたところだ。
騎士たるもの、毎日にもっと「仕事した!」って爽やかな充実感が欲しいのだ。

この国での騎士としての資格はS、A+、A、A’〜以下F’までで管理されているわけだが
卒業時、悔いの残らない程度には頑張っていた俺が貰ったのはF+だ。
正直、C以上のぶっ飛んだ強さは「想像がつかない」。
下のボンヤリさんが騎士勲章C+、近衛兵と打ち合える腕だというのだから馬鹿げている。

精錬所の教官が確かDだった。それにしたって、とてもじゃないがちょっと背伸びすれば
届くようなレベルじゃないのは明白だった。単純に言って、バカみたいに強いのだ。
戦場で敵同士として出会ったなら、瞬き一つの間に勝敗が決まる「差」。
芝生に立った彼女と、塔の上の俺――立ち位置は騎士としちゃ逆なのが実情だ。

しかし、なんだってこの随分街から離れた風車小屋である必要があるのか。
回答は、ここに来るまでの間揺られていた馬車の中であっさり開示された。

−−−−−−−−−−−−−−

「頭上から投げられた煉瓦の山を剣で打ち返してみせます、ひとつ残らず。
街中でやったら危ないから,都合のいい場所でお見せしたいのです。
ジャン、いずれあなたにも出来るようになりますよ。
まずはそれが可能だということを、この身で証明して見せないとね。
実感してもらうには、他でもないあなた自身に投げてもらうのが一番です」

危うく、素っ頓狂な大声を上げて馬を驚かしてしまうところだった。
そんなことをやらかしたら、余計に運賃をとる口実にされても文句は言えない。
御者も人間だ。性格のひねたヤツの機嫌が悪いと、そういうことはままある。
余計な出費は未然に食い止めなくては!ジャンさんは節約上手なのだ。

最初に己の耳を疑った。奥へ行き軽食のパンの紙袋を持ち出し、破ってみる。
…べりり、と普段通りの音。揺れる積荷の擦れる音もまた、普段と変わらない。
普通の馬車だよな、こりゃ。どこが変ならこうなるのか皆目見当がつかないが。
次に、冗談なのだろうと思い、向かって外側に腰掛けるソラリスと目を合わせる。
これは確認だ。わけのわからないことは、まず確認だ。

すると、睫毛の長い、熔かした太陽を湛えたような琥珀色の瞳を細めて
彼女はそっと柔らかく微笑んだ。――ほらよかった、やっぱり冗談っすよね。
この甘すぎるくらいの好待遇を与えてくれる気配り上司様は、いつも通り
俺をリラックスさせるため、良かれとヘンなことを言い出したのだろう。

そりゃ、まあ、想像はするさ。
街中を抜け4時間も馬車に揺られて、私有地の風車小屋で特訓。
その上積荷はなんの加工もされてない剥き身の煉瓦とくれば、まかり間違っても
ピクニックではない。さっきのパンに加えて弁当は弁当で持ってきたんだが。

しかし、これは冒険小説の話ではないのだ。
昨今、魔法はメカニズムが解析されて生活に取り入れられ始めてはきたけど
とてもじゃないが本の中みたいにホイホイ使える便利なものじゃない。
ファンタジーの片鱗を実生活において掴み取ったら、それはもう実生活でしかなかった。
そんな風に昔近所の爺さんが言っていたのを、精錬所で嫌ってほど実感した。

そうだよ、冗談でしかない。騎士勲章C+ったって、人間は人間。
人間の腕は、鳥みたいに翼へ進化することはなかった。だから、飛べない。
一個や二個はよしとしよう、便利じゃないと言ったって魔力で武器も能力も強化できる。
いわゆる「付与(エンチャント)」だ。これのタイミングを誤らなければ
俺だって、いくら高所から投げられて勢いが乗っていても弾き返せる。

人間が自分の身体を勝負モードに切り替えるには、サインとその自認が必要だ。
決闘の前に首を鳴らす奴、指を鳴らす奴、どれも必要でやっていることなのだ。
人によっては、唇を舐めるだとか、右手で耳の後ろを掻くなんてのがそうかもしれない。
それによって身体にスイッチが入る。集中力が高まったり、敏捷に動けたりと。

自分の癖を解析した上で、意図的に戦闘に適した状態を引き出す。
ごく自然に、無意識に行われるような、千差万別の動作。
作品名:黄昏の謳(1) 作家名:七束葉澄